公演情報
ナンカダレカ「舞台#008 霜響桜美-そうきょうおうび-」の観てきた!クチコミとコメント
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2026/02/22 (日) 19:00
短編劇集の朗読劇だったが、今時、普通にここまで椅子に座って台本を持って、と言う、朗読劇の本来の様式をちゃんと厳密に守っている朗読劇は意外と見かけないので、新鮮で良かった。
しかも、普通、短編劇集の上演と言うと、1つの作品と関連させた劇が続くことが多いが、今回観に行った劇では、1つ1つの短編劇が関連している作品ばかりでなく、4作品のうち最後の2作品は全然系統の違う作品が混じり、更に本当に最後の短編劇はインプロ要素のある劇と、それぞれの短編劇に違った良さがあって、そういう短編劇の連続上演は意外とない試みだと感じ、記憶に残った。
短編劇の1作目は「貴方は霜見草-Frost message-」と言う作品だった。
田舎の町でママと暮らす野菊。
野菊は大好きなママに言わなかった事が三つあった。
一つ目は霜柱に現れる文字。二つ目は夢の中だけで会う存在。
そして三つ目は…。
と言うような謎めいたあらすじだったが、実際に観てみると、結構不思議で、淡くて切なく、儚いファンタジックな作品で、野菊にはお父さんがいないということから、劇の途中まで、野菊のママはシングルマザーだと思っていたが、劇の途中からだんだんと分かってくることには、野菊がママだと思っていたのは、野菊が幼い頃に本当の生みの親の姉妹の次女が養子として引き取ってくれたということが分かってきて、衝撃的だった。
更に、それに輪をかけて、野菊が今まで過去を振り返って、自分の過去をタイムスリップし続け、客観的な視点から本音を言うような場面が続くが、そのカラクリと言うかが、この短編朗読劇の終盤になって分かってくる。それは、現在の野菊は車の事故で瀕死の状態で、病院の中で幾つも自分の身体にチューブが付けられ、自分の意識が生死の間を彷徨っている状態だから、自分の短い半生が走馬燈となって見えているという驚愕の事実が知らされる結果に、その余りにも報われない主人公の野菊に心が痛んだ。
野菊が幼き頃より、野菊の夢の中に出てきて、この短編朗読劇の象徴と言うか、キーポイント的な存在として出てくる、藤子Aの漫画『笑うセールスマン』に出てくる喪黒福造のような、時に幸にも、人を不幸にも出来るような存在として、八咫烏が出てきて、絶妙な怪しくも、主人公の野菊に味方するような、時に挑発するような信じ切れもしないが、何処か憎みきれない性格が読めない存在として、存在していて、その八咫烏を演じる役者の演じ方が、闇の住人的なミステリアスな存在感を放っていた。
小学生の頃の野菊の名前ををからかっていた意地悪な男の子が、実は、後に野菊のことが好きで、構ってほしくて、ワザと意地悪していたことが分かるが、そんな小さい頃にトラウマを植え付けると言うか、自分の名前が、存在が心底嫌になるほど野菊は追い詰められていたにも関わらず、しかも完全には立ち直れていないにも関わらず、その男の子の取って付けたかのような言い訳は、そんなんで自分が野菊に過去にしたことが帳消しになるとでも思っているのだろうかと、疑問に感じた。
短編劇2作品目は「残響とララバイ-Receive the sonority-」と言う作品だった。
姉の光子と同居しながら大学の声楽専攻コースに通う陽子。
陽子はピアノ専攻の誠司と出会いから音楽活動を始める事になる。
三人での生活を送りながら、陽子に目的を果たす為の大きな仕事が舞い込み…というあらすじで、実際に観てみると、短編劇1作品目に出てくる野菊の生みの親に焦点を当てた、前日譚だった。
この作品も、1作品目に匹敵する程の救われない、報われない話で、最初片耳だけ聴こえなかった主人公の陽子が、途中から両耳聞こえなくなり、誠司とすることしたのかなと言う感じによって、子どもを身籠り、身体障害を抱えた陽子が子どもを持つことを極度に心配する姉の光子だが、その心配をよそに何とか赤ちゃんを産み落とし、その子に付けた名が野菊と言うことが劇の最後のほうでで明かされ、子どもには元気に健康に育ってほしいと願うが、それが1作品目の最後のほうで、その大人になった野菊は車の交通事故で虫の息という結果が分かっているものだから、余計に切なくなった。
また、1作品目、2作品目共に不妊治療、身体障害、虐め、更年期障害、精神的虐待、養子等の社会問題を時にファンタジックな要素を混じえつつも描いていて、考えさせられた。
そして、野菊と、その産みの親にして、野菊を産んでそんなに立たないうちに亡くなった陽子があの世で出会えて、それは本当に幸せなのだろうか、生きていることと、どちらの方が大切か等、野菊と陽子に取っ手の本当の幸せとは何だろうと色々深く考えさせられてしまった。
2つ目の短編劇に出てくるフクロウが江戸弁と言うか、落語調に急に早口で喋るのが、全体的に張り詰めて重苦しい作品に、多少緩和されていると感じた。
3つ目の短編劇は「サクラサクリファイス」という作品だった。
桜が名物の村で開催された街コン。 奥手な男女は出会い互いに惹かれ合う。
しかし、失踪した先輩を探す為に村に来た男は、村に延々と息づく神の呪いに巻き込まれる事となると言うあらすじだったが、実際に観てみると、確かに和製サイコホラーで、村社会の因習を色濃く出ていて、金田一耕助シリーズのような不気味さと謎めいた感じが、混合した内容だったが、坂口安吾の小説『桜の森の満開の下』にもかなり影響を受けたような内容で、大変面白くも、段段と背筋が凍りついていき、全く救いのない不条理でジワリと怖い終わり方に複雑な気持ちになった。
最後の4つ目の短編劇は「美味い!もう一杯!」だった。
最後の台詞は「ご飯炊けたよ」。決まっているのは、それだけと言うことで、あらすじだけでは全く内容が入ってこない作品だった。
実際に観てみると、ChatGPTに劇作家が脚本を読み込ませて、それを元にChatGPTに出力してもらったものを、敢えて修正せずに印刷し、お客さんに当日その台本が配られ、それを役者が客席を回ってきたのに渡して、役者たちが当日その場で台本に目を通して、演じるという、役者の力量が相当問われるインプロ劇となっており、冷や冷やものだったが、見事に演り切っていて感心してしまった。
米が炊飯器で炊けて、食卓で食べられるまでを擬人化したナンセンスコメディだったが、当日に役者も台本を渡されるからか、台詞を間違えたり、噛んだり、一瞬台詞が出てこなかったと言ったハプニングや、人ではなくChatGPTが劇作家の脚本を元に書き起こしているものだから、ちょくちょく日本語として変な言葉や、誤字脱字も多くて、そのハプニングがかえって面白かった。