鴨居に朝を刻む 公演情報 MyrtleArts「鴨居に朝を刻む」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    開演前に胡桃澤伸氏の前説。20年前、37歳、戯曲を書こうと決めた頃、ある夢を見た。道の脇にベンチが置かれていてその上に一冊の本。目を覚まし、あの本はきっと日記なんだと思う。そこからイメージを広げ北区つかこうへい劇団「うどん屋」を書き、稽古の日々が始まる。丁度その頃、友人が地元紙を送って来る。長野県豊丘村(旧河野村)出身の胡桃沢伸氏、父が祖父の書き溜めた膨大な24冊の日記帳を飯田市歴史研究所に寄贈したという記事。そこでふとあの夢の日記は亡くなった祖父の物だったのかな?と思う。祖父が書けと言ったのか?ずっと気になったまま20年、到頭今作が完成。

    長野県伊那谷にあった河野村。中央アルプスと南アルプスに挟まれた盆地を天竜川が流れる。祖父である胡桃沢盛(もり)は1905年(明治38年)生まれ、村議会議員から36歳で村長になった。

    舞台となるのは当時彼が東京との行き来に利用した深夜の辰野駅の待合室。駅員は寝ている。自分でだるまストーブに薪を焚べなくては。ここの小道具の音と照明が秀逸。

    胡桃沢盛は夢を見た。畑で茄子やピーマンの世話をしていると向こうで車が止まる。車から降りた立派な背広を着た男がこちらに向かって全速力で駈けて来る。咄嗟に逃げようとするが間に合わず胸倉を掴まれる。男は憤怒の形相で「おまえのせいだ!」と怒鳴りつけてくる。恐怖で起きたが何のことやら判らない。待合室で列車を待っていると夢で見たまんまの男がやって来てギョッとする。初対面なのにそうではないような。その不思議な男に話をする形で物語は進む。大正時代から戦後の昭和まで。

    川口龍氏の凄味は一人芝居をそうは感じさせない。何か不思議な感覚。時間や経験をまるで共有しているような。役者と観客、二人で同じ夢を見ているような。妙な肌触りが観劇後もずっと残る。
    また観る機会があったら行くと思う。

    ネタバレBOX

    客層がこの作家の作品なら必ず観に行くような人達。普通の演劇ファンではなさそう。それだけ絶大なる信頼を置いているのだろう。

    戦前戦中と国策であった満州移民政策、満蒙開拓移民(満蒙開拓団)として27万人が日本から満州に移住した。1944年、河野村も「分村移民」として満州河野村分村へ27世帯95人が移民。成人男性は現地に着くとすぐに徴兵され、残った開拓団は女性子供老人のみの76人(内男性4人)。1945年8月15日、敗戦の報が入る。元々村はそこに住んでいた中国人の家と土地を日本軍が無理矢理取り上げたもの。8月16日夜、中国人達の報復が始まる。65歳の団長だった老人はリンチされ瀕死の重傷。「俺を楽にしてくれ。」と頼まれ皆で絞め殺した。絶望の真夜中に狂気が忍び寄る。怯えた女達は自分の幼い子供達を紐で絞め殺し始める。夜が明けて中国人達が戻って来る前にやらなければ。順番に殺し続け最後に残ったのは14歳の少年と青年。互いに石で頭を叩き合ったが死に切れず朝に中国人に助けられる。その後青年は病で亡くなり、76人中唯一人生き残った少年は3年後河野村に帰った。

    満州で何が起きたのか内地の人間には全く分からなかった。その事実を知った時、「分村移民」を決断した者として村長は自分を断罪する。
    1946年7月28日朝、胡桃沢盛は座敷の鴨居に縄を掛け首を吊った。享年42歳。遺された物は1923年から1946年までほぼ毎日書き続けられた日記帳。

    結婚する筈だった女が天竜川に身を投げたエピソードは実話なのか?女ともう一人?
    胡桃沢盛と対峙する男は胡桃澤伸氏自身なのだろう。日記を読みながら胡桃澤伸氏はその中に入って叫ぶ。

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    2025/12/28 04:58

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