シッダールタ 公演情報 世田谷パブリックシアター「シッダールタ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    天井から降りて来る縦に連なる7本程の蛍光灯、水色と白の光。舞台上はスケートボードパークのボウルを思わせる急斜面の銀の半円、かなりの急傾斜。LEDディスプレイでもあり、世界中の様々な映像が流れる。隅に盛られた土塊を壁から滑り落ちて来た者達が蹴り飛ばし全体に広げていく。

    草彅剛氏はひどい夢にうなされている。床下から音が聴こえる。地下鉄、工事、喧騒、暴徒、戦争、空爆、虐殺、悲鳴···。どうも友人の鈴木仁氏は戦場に行って死んだが草彅剛氏は行かなかったようだ。行かなかったことで自分を責めているのか?唯一の武器はカメラ。カメラで世界を切り取る。一瞬を永遠に、一瞬を永遠に。世界中の紛争や混乱や憎悪、絶望、嘆きを撮って回る。ストロボが焚かれる。彼の精神世界としてもう一つの物語、『シッダールタ』が描かれる。

    ブッダになれなかった男の、まるで『杜子春』を思わせる物語。求道者として理想に燃え、全てを捨てて真理を求めた青年時代。禁欲苦行断食、死の手前まで行く。絶対的に求めていたこの世の真理は同じ名前の男、ガウタマ・シッダールタ(ゴータマ・シッダッタ)が見付け出した。シッダールタに会いに行き、その悟りの正しさを知るも彼の弟子になることでは悟れないと思う。シッダールタに答を教えて貰ってもそれは自分の答には成り得ない。答に至るまでの過程にこそ意味があるのだ。(良い曲を幾ら聴いてもファンどまり。自分で生み出す側にはなれない)。どうやって自分の答にまで辿り着くべきか考える。そして精神的に放浪する。心のアンテナ、欲望の炎だけが頼り。

    駝鳥、いや孔雀か?と思ったら鹿だった。ダンサーの渡辺はるかさん。この人のマイムは強い。作品世界を濃厚に刻印する存在。手塚治虫ワールドに引き込まれる。
    幼馴染のゴーヴィンダ(杉野遥亮〈ようすけ〉氏)が美しかった。同性愛的にシッダールタ(草彅剛氏)を求めているのだがその手の女性客はうっとりする筈。
    高級娼婦カマラー(瀧内公美さん)は美人。最初から最後までいい女。
    松澤一之氏が休演の為、父親役は有川マコト氏が兼役。有川マコト氏の本役、商人カーマスワーミは上島竜兵風味。寄せている気さえする。
    渡し守のヴァスデーヴァ(ノゾエ征爾氏)の説得力。

    草彅剛氏は清々しいね。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    『デーミアン』を挿入する意味がないと思った。デーミアン(鈴木仁氏)とエヴァ(瀧内公美さん)の話は混乱を招く。(原作ではエヴァはデーミアンの母親で主人公が恋する相手)。

    原作通りなのだが、修行僧から俗世間に戻り高級娼婦に恋い焦がれる展開はちょっと戸惑う。

    草彅剛氏の職業は報道カメラマン、世界中の紛争地域を撮って回るのであろう。それを自分は劇作と変換して観た。劇作家の長田育恵さんと演出家の白井晃氏の観点。この混沌とした世界を劇作すること、果たしてその仕事に意味はあるのか?毎日降り注ぐ膨大な現実のニュース、それを受け止めて再構築する行為の意味とは?ただ無力なだけじゃないか。草彅剛氏の苦しみは劇作家達の苦しみでもある。

    BLANKEY JET CITYの『SOON CRAZY』の歌詞。
    「君はもう知ってるかい?この宇宙はYESって言うのをやめるらしいんだ 君はもう知ってるかい?」

    真っ暗闇の宇宙がひたすら「NO!NO!」と拒絶を続けている。未来永劫全てが否定されていく。

    NIRVANAの『Smells Like Teen Spirit 』のラストでは「A denial(否定)」が9回繰り返される。

    今作でいう「愛」とは肯定のこと。世界を肯定し自分を肯定し他人を肯定したい。否定ではなくこの世の全てをありのまま受け入れたい。その境地に至る為にずっと川の声を聴き続ける。川は世界であり時間の流れである。
    「聴こえる?」
    川の音が聴こえる。世界はあるがままにそこに在る。否定しようのない事実。そのままに肯定し世界と和解に至る。共存。世界の声、時間の声にただ耳を傾ける。肯定。

    無論、そんな物語では観客は救われない。渡し守に出来るのはヒントと切っ掛け作り。後は自力。
    「知識は伝えることが出来るが、知恵は伝えることが出来ない。」
    「知恵を語り教えることは出来ない。」

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    2025/12/09 22:32

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