キュクロプス ─貧民街の怪物(東京公演) 公演情報 清流劇場「キュクロプス ─貧民街の怪物(東京公演)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    「タマコさ〜ん、私生きてます〜」
    川が決壊して氾濫、河川敷のバラックだけが孤島のように浮かび上がる暴風の中、橋の上に逃がした荷物の見張り番をし続ける80代の老婆。
    「タマコさ〜ん、私生きてます〜」と30分毎に橋の上から大声で伝達しなくてはならない。報酬として300円。多分貨幣価値は今の十倍だろうから3000円か。身寄りがなく誰の目にも映らない浮浪者オシズを演じた曽木亜古弥さんがMVP。

    ステージ中央に廻り舞台、回転する盆を人力で動かす。ぐるぐるぐるぐる台風で飛ばされかかる危機的なバラックを表現。ぐるぐる回りながらどうにか家を守らねば。SEのせいで台詞がよく聴き取れないのが残念。マイクの音が混ざる。全編この調子か···、と危惧したがオープニングだけだった。

    1961年(昭和36年)7月、兵庫県尼崎市武庫川(むこがわ)河川敷、国道武庫大橋の袂にバラックが建つ。屋根に火の玉のようにも見える一つ目のマーク。(現実には集落に1200人程が暮らしていた)。
    1895年(明治28年)から川の氾濫を防ぐ為の大規模な工事が始まり、集められた労働者達は河川敷に作られた飯場に寝泊まりした。危険で過酷な作業の為、朝鮮人の割合が多かった。仕方なくそこで暮らし続けた者達が邪魔になれば不法占拠の名のもとに追い払う。
    町の住民から「一つ目」と呼ばれて差別されている集落に対し7月28日、国は強制代執行を行なう。半日で解体除去、全ては何もなかったかのように。それは1964年の東京オリンピックに向けた美観整備でもあった。

    BC5世紀に古代ギリシアのエウリピデスが書いた戯曲『キュクロプス』。BC8世紀にホメーロスが成立させたとされる叙事詩『オデュッセイア』の第9歌を元に作られている。英雄オデュッセウス一行が乗った船がキュクロプス島に流れ着く。そこは一つ目巨人族の島で洞窟に囚われた一行は次々と食べられてしまう。オデュッセウスはキュクロプスを酒で酔わせ、一つ目を潰して脱出する。名前を聞かれたオデュッセウスは「ウーティス(誰でもない)だ」と嘘を教える。仲間達に「誰にやられたのか?」と聞かれ「誰でもないんだ、誰でもないんだ」と答えて皆が呆れる笑い話に。
    今作はこの話の舞台を昭和36年の武庫川バラック強制代執行に翻案。正義の英雄オデュッセウスが愚かな未開の蛮族を成敗する逸話は果たして真実だったのか?そもそも正義とは本当に正しいのか?

    開演前に主宰の田中孝弥氏のビフォアトーク。これが秀逸。田中孝弥氏はガタイのいい古坂大魔王。話が面白い。

    クズ鉄屋の親方(アンディ岸本氏)とその妻タマコ(日永貴子さん)。キツイ仕事ばかり押し付けられるタマコの弟(大対源氏)と妻の山本香織さん。親方の妹(八田麻住さん)と旦那の辻登志夫氏。皆家族だと信頼し合っては不安に苛まれ、いつか離れることを考えては日々の生活に追われていた。

    一つ目の一家は漁師町の着物を古代ローマの軍装風アレンジで着こなす。
    代執行の役人達は制服的な青を混じえた服を着る。

    アンディ岸本氏はスキンヘッドの川津祐介。愛用タンバリンでの怒りながらの陽気なムーヴが最高。「俺は河川敷の王子様」と歌う。美声。
    八田麻住さんは岸本加世子っぽい。左目の充血と常用する杖が気になる。
    辻登志夫氏は芸達者で酒飲みの見事な屑キャラ。アコギで歌う「ならず者」が良かった。香港功夫映画でお馴染みの火星(マース)っぽい。
    代執行責任者の髙口真吾氏はフット後藤っぽい。
    下手でピアノの生演奏、仙波宏文氏。曲が良い。

    凄く面白かった。桟敷童子でこのネタをやったらどうなるのか、気になる。差別される側とする側を早着替えで同じ役者がこなす妙味。

    ネタバレBOX

    名前を聞かれた代執行責任者は「乃場出英雄(のばでひでお)」と名乗る。NOBODY HEROだと。
    自分達を抹殺した者など誰もいない。そもそも自分達は存在などしていなかったからだ。塗り潰された黒歴史。俺達の痛みや苦しみ、怒りや悲しみ、ささやかな笑顔でさえ全部かき消されてしまった。
    正義にも法律にも俺は屈しない。お前が拠り所にしているモノにいつかお前は食い殺される。

    絵として目を潰される象徴的なシーンが欲しかった。血塗れの自分の手に戦慄する代執行責任者の顔が。

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    2025/10/26 10:21

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