牧神の星 公演情報 劇団UZ「牧神の星」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    愛媛県松山市を拠点に活動する劇団UZ。その拠点を劇場化した「アトリエhaco」の柿落とし公演として上演されたのが、本作『牧神の星』である。

    ネタバレBOX

    物語の舞台は1945年、若手将校を中心とした決起部隊に占拠されたとある放送所。しかしそれは劇中劇パートであり、2025年にとある地域で劇団を運営する俳優たちがその上演の稽古に挑む様子が同時に描かれる。

    「歴史」を現代の視点から、また「現代」を歴史の視点から。時代を相互に往来する眼差しを通じて、都市部ではない地域で活動をする劇団の奮闘といった当事者性のある人間ドラマを交えつつ、生々しい実感を以て戦後80年という節目を縁取った作品であった。
    社会における孤独や孤立、SNSの暴走、匿名で飛び交うヘイトコメントなども盛り込みながら、自身の劇団の現在地と社会や世界への懸念や疑問を一つの物語にぶつけたメタ要素を含む社会劇。また、そうした構造からさらに飛躍し、「過去」の過ちであったはずの戦争が実は「現在」と近い「未来」に起きている、という結末には今の世の中に対する危機感をもはっきりと感じた。
    声を届けるための「放送所」という場の仕組みを活用した物語の流れや人間ドラマの抑揚も効果的であり、とりわけ声をあげるための場所で、声のあげられない弱い立場の人々が心身の危機にさらされていく描写は今日性のある喫緊の問題が忍ばされていると感じた。

    本作において私が最も興味を惹かれたのは、やはり「戦争」を終わったもの、過去の歴史として描いていない点である。今の社会を見渡すと、それこそ戦前のような恐れを抱くことが日常的にある。そんな中で、「戦争」を単なる過去の過ちとしてのみ描くことはもはや不足を否めない。実際に世界では今もなお戦争は続いており、終わる気配もない。そうした状況下で戦争を「かつてあったもの」ではなく、「やがて始まるもの」として描いた点は、劇団UZという団体と時代との一つの対話とも言えるのではないだろうか。そのリアリティをより際立たせるべく、自身らにとって最も身近で普遍的である稽古場での日々を伴走させた点も理解ができた。

    一方で、メタ演劇パートとなる稽古場や劇団のバックヤードを描いた箇所の強度がやや弱く感じられたのも正直なところであった。都市部ではない地域で劇団を運営する上での葛藤や苦悩、社会の矛盾などに触れることはできたが、その創作活動や表現活動が「戦争」という主題とどう繋がっているのかが見えづらく、予想を越えた演劇の風景には今ひとつ及ばなかったという実感が残った。
    また、劇団を描く上で、いくつかの個人の物語をトピックとして盛り込む手法自体には好感を持てたのだが、そこにあまり広がりが見られなかった点も惜しく感じられた。戦時中の劇中劇で幸子、久保田、本多、頼子、尚子を演じたのがそれぞれ現代のサチコ、クボタ、ホンダ、ヨリコ、ナオコという設えになっているのだが、劇中劇のパートのそれぞれの印象が鮮烈であるだけに、現代を生きる個人の日々やその苦悩や葛藤が尻すぼみしてしまっていたように感じた。劇団以外に何で生計を立てているかということや、劇団に対してどんな不安や不満を抱えているかなど、膨らませようのあるリードは敷かれていたので、そこが粒立つことによって、時代との対話性はさらに強度の高いものになるのではないかと感じた。メンバーが個性的であるだけに、もう少し個人の背景に切り込んだ描写(※俳優個人の事実を盛り込むという意味ではなく、あくまで登場人物の造形として)があってもよかったのかもしれない。

    とはいえ、地域性の持つあらゆる特質と向き合いながら、プラットフォームとなる場づくりに真摯に取り組む劇団の在り方には感銘を受けるばかりである。アクセス面での不便さや気候の厳しさを感じる観劇ではあったが、それも込みで、文字通り「山をひらいて場所を作る」ところから始まったこの公演に立ち会えたことは、これまでにない手触りの貴重な経験だった。

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    2025/06/30 19:07

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