絵本町のオバケ屋敷 〜愛!いつまでも残るの怪!〜 公演情報 優しい劇団「絵本町のオバケ屋敷 〜愛!いつまでも残るの怪!〜」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    名古屋を拠点に活動する優しい劇団による大恋愛シリーズ第8弾。本シリーズは普段は別の土地で活動する俳優が公演当日の朝に初めて顔を合わせ、稽古、そして本番と“1日の限りの演劇”を上演する試みである。今回は名古屋から5名、東京から5名、計10名のキャストが出演した。

    ネタバレBOX

    物語の舞台は、絵本町という町に古くからある謎のお屋敷。ある住人(土本燈子)の語りから始まる。「絵本町と呼ばれているわりにはドライでシビアなこの町」を「メルヘンがまかり通る町」にしたい。そんな思いから彼女はこの町で唯一メルヘンの匂いを感じるこの屋敷を訪ねる。そして、そこで出会った老婆(尾﨑優人)からありとあらゆる可笑しくも愛おしいオバケたちの話を聞く。
    劇中には今は亡き偉大な劇作家である唐十郎や天野天街が築いた作風へのオマージュも散見され、それらがただの模倣ではなく、リスペクトを前提に練り上げられたものであることを感じることもできた。

    1日で出会い、別れる俳優への手紙でもあるような台本、そして、その手紙への返事を9名の俳優が心身を以て応答するような熱く、眩しい時間だった。個性豊かなさまざまな「オバケ」が登場するが、オバケたちには当然それぞれが生きていた、それぞれの唯一無二の時間が、出会いが、思い出がある。その魂を一つ残らず抱きしめようとする物語の運びには、生まれた時から永遠の約束を持つことのできない私たちの人生や、ひとたび上演されれば終わってしまう演劇という営みへの深い眼差しが滲んでいたようにも感じた。2人1組のペアの物語をいくつか紡いでいきながら、その心情の集積がやがて全員を同じ場所へ、同じ歌へと誘われていく。その描写には人間を信じ、その生命を祝福する力があった。
    別々の場所で別々の日々を生きる私たちが同じ空を見ているということ、同じ季節を生きているということ、同じ歌を歌うということ、同じ物語を読むということ。そして時に世界で起きている同じ出来事に喜んだり、悲しんだりすること。そうして、何かの拍子にあなたとわたしがどこかで出会い、やがて別れるということ。俳優も観客もそのことは同じであるということを、この演劇は力強い言葉と身体、そしてその時限りの瞬間瞬間を以て伝えてくれたように思えてならない。全体のグルーヴ感のみならず、ペアとなる俳優がそれぞれ名古屋と東京の俳優の組み合わせになっている点など、物語と演劇における構成にもその信条が隙間なく差し込まれ、1日限りでありながら、いや、1日限りであるからこそ叶えられる風景の連続がそこにはあったと思う。

    そして、何より私が素晴らしいと感じたことは、この試みを通じて優しい劇団という団体が展望する新しい演劇の形、その可能性に触れられたことである。この国において演劇という表現活動を、俳優という生き方を選ぶことは決して容易なことではない。そんな中で、「演劇はいつどこで誰が始めてもいいのだ」と思える瞬間はやはりなかなかない。しかし、この作品は1日限りというパッケージによって、そんな普段は叶えられない、観られない演劇の「場」と「形」を実現していた。それは、「演劇」という営みの価値と可能性を見つめ直し、外へとひらいていくための一つのモデルの発明であると感じる。そのことはやはり希望であるのではないだろうか。普段は別々の土地で生活をしている俳優がエリアや世代を横断して集まり、1日限りの演劇を作りあげる。それは、「演劇がこうでなければならない」、「俳優はこう在らなければいけない」といった固定概念を解体し、新たな創作や場を作る挑戦そのものだと思う。地方出身の超若手劇団が、そんな前例のないことに果敢に挑み、同時に演劇の根本的な魅力を追求し、実現させていること。そのことはやはり今の演劇シーンにおいて貴重な在り方であり、ムーブメントであると思う。1日限りの演劇の終わりに客席から絶えず飛び交った大向こうを聞きながら、私はそんなことを強く感じた。

    0

    2025/06/30 15:41

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大