牧神の星 公演情報 劇団UZ「牧神の星」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    「地域の現実を描き国家を問う」

    ネタバレBOX

     カーテンコールを終えた俳優たちは、松山大空襲後の荒廃した風景が投射された扉を開けた。その先に広がる松山の夜景を目の当たりにして、私は息を呑んだ。それはこの芝居がまさに現実かという切迫した内容だったからである。

     幕開きで車椅子に乗った老人(上松知史)が敗戦直後の8月24日に己が携わった事件を回想する。老人の若い時分である久保田少佐と本多中尉(黒岩陽斗)は、埼玉県川口市の放送所を占拠し、敗戦に納得できない同士たちに思いの丈を伝え決起を促そうとしていたのだった。ここで急に演出助手のホンダ(黒岩陽斗・二役)の声が入って一旦芝居が止まり、演劇の稽古場へと場面が移り変わる。そこにいる俳優たちのやり取りから、先の老人の回想は実際に起きた事件であり、それをもとにした新作の稽古中であったことがここでわかる。機密書類を処分すべく職員たちが忙しく立ち働いている場面の稽古が始まると、そこへ先程の久保田と本多がやってくる。職員たちはかつて演劇活動をしていた女子挺身隊員であり、軍人の恫喝に戸惑いを隠せない。必死に抵抗していた頼子(林幸恵)や尚子(川崎樹杏)をそばに、戦争で恋人を失った幸子(汐見玲香)は久保田たちの願いを聞き入れようとするのだった。

     こうして80年前の事件と稽古場の様子が描かれながら舞台は進んでいく。自らと同じ名前の役を与えられた俳優たちは80年前の事件に距離を抱きつつ演じているようだ。挺身隊員を演じているサチコ(汐見玲香・二役)は「今回の話って、未来の話っぽいて思ってる」と感じているらしい。ホンダは軍人役を演じるために座長のクボタ(上松知史・二役)にビンタをされたと言い、ヨリコ(林幸恵・二役)に訝しがられる。稽古の合間の他愛のないやり取りから浮かび上がるのは、俳優たちの演劇活動と日々の暮らしである。近隣の劇場が閉じ正職の傍ら演劇活動に勤しむ俳優たちは、周囲からの心無い言葉に傷ついている。恋人との間で波風が立っているナオコ(川崎樹杏・二役)は最近体調が思わしくないようで、わざと稽古場に居残って年長のヨリコに胸の内を明かす。新作を書きおろした作・演出家は稽古場には頻繁に現れず、やや独裁的で身勝手な振る舞いが目に付く人物らしい。賑やかながらも少しずつ荒んだ雰囲気の稽古場の俳優たちはじょじょに虚構の世界に絡め取られ、やがてサチコが予見したかのような光景が現実化してしまうのだった。

     劇中劇の手法を用いて虚構と現実を重ねて描く作品は数あれど、本作はきな臭い昨今の世界情勢と敗戦時の光景を重ねつつ、地方劇団の置かれた境遇を描いた点が独創的である。作り手にとって演劇活動が切迫したものであるということを思い知らされたし、身を削るような思いで歴史と日々の生活を総括しようとした姿勢にまず胸を打たれた。80年前と現在の時間軸が行き来しながら、合間に俳優たちが羊の被り物をして牧神(山野と牧畜をつかさどる半人半獣の神)を演じる不穏な光景や、ヘイトスピーチやネットの誹謗中傷といった現代の諸問題を挟み込むという込み入った作劇はやや盛り込みすぎという感もあったが、目線がブレることなく結末まで進んでいく作劇が見事であった。ただ冒頭で介護士が老人になった久保田にビンタをしたり、終盤で爆撃の描写があるなどの点は事前のアナウンスがあったほうがよかったように思う。

     作・演出の課した高いハードルに果敢に応えた俳優たちの熱演も見事である。80年前と現在の同じ名前の役ながら、自身とは距離のある人物をいかにして演じるかと苦悶する姿や、稽古場で時折見せる本音が俳優自身と重なって見えて生々しい感触がした。特に上松知史は80年前の理性的だが内面には熱情がトグロを巻いている久保田少佐と、その晩年の老いさらばえた具合、そしてやや間の抜けた座長のクボタや日本人の外国人観を揶揄するクルド人青年などを演じ分けており圧巻だった。

    0

    2025/06/03 12:05

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大