心の余白にわずかな涙を 公演情報 elePHANTMoon「心の余白にわずかな涙を」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    生きることへの渇望、生命力が心の奥にじんわりと広がる。
    この作品を観に行くのに自宅の最寄駅から乗った電車が人身事故に合ってしまって。
    生き方を決める人たちの話を観るまえに、偶然にも人生に大きな決断を下してしまった人の片燐に触れてたような気がして、立ち会った現実と切り離せないまま、祈るような気持ちで観ていました。
    どんなことがあろうとも生きることに対して真剣であったひとたちをみて、何だか荒んでいた心が浄化されたような、明日から前向きに、ひとにやさしく生きようとおもえました。

    ネタバレBOX

    本土から離れたとある小さな島。
    島で唯一の教会の神父であった父親が女を作り出て行ったことに負い目を感じたからだろうか。長男の光広は神父となり、父親の教会を継いだ。弟の祐治は東京で司法試験の合格を目指していたが、その夢は諦めて結婚をし、塾講師を続けながらそれなりに幸せに暮らしていた。
    そんなある日のこと。何の前触れもなく結婚相手は自害によってこの世を去った。祐治はその死を今でも受け入れることができないでいる。
    救い、あるいは沈静を求めて実家へ戻ってきたことをはぐらかす弟と、自己犠牲を払い神父になった兄とのぎこちない会話からはふたりの間には長い空白の時が流れていたことを予感させる。そして、どんなに取り繕っても埋まらない心の溝があることも。祐治は光広に電話のひとつもしなかったのだろう。光広の祐治への記憶は司法試験を目指しているところで止まっていた…。

    そんな兄弟の確執を知る由もない美佐子は、祐治の帰郷に喜びを隠せない。祐治は美佐子の初恋相手なのだ。かつて祐治のある言動によって美佐子は心に深い傷を負ったがそれでも祐治のことが忘れられず、ひそかに祐治への思いを胸に抱えたまま、光広と共に生きていて。けれども閉鎖的な島から私を連れ出してほしい気持ちを少しだけ期待して、美佐子は祐治に『あの時』の気持ちを確かめる。

    また、美佐子と同じく祐治の帰郷を喜ぶ晴美は夫・五郎と五郎の妹・由真を心から愛せずにいた。由真は、美佐子の働くふれあいの家(学童保育的な場所?)で面倒をみている子どもなのだが、発達障害を持ち、五郎が漁師をしていることも相まって学校でいじめを受けている。
    情緒不安定で何を考えているのかイマイチよくわからない由真と距離を置きたい晴美もほんの少しの逃避願望を持って、祐治と接する。

    一方、晴美の姉・明恵は、婚姻予定の韓国焼肉店店主・李との間に子どもが出来ないことで李の両親からくどくど文句を言われていることや、李が不妊治療に積極的でないことに悩み、恋人を自動車事故によって重傷を追わせてしまった李の焼き肉店のアルバイト店員・伊崎は、彼女の入院する本土の病院へ毎日定期船に乗って見舞へ行き、彼女の病状の回復を教会で祈り、そして罪を償うためにも教会の清掃を日課としていて…。

    現状の生き方への不安や戸惑い、迷いを肌で感じる人たちが教会で、これから生きていくための大切な決めごとを誓うまでの心の揺れを繊細に紡いだ作品。

    教会を訪れるほとんどのひとは十字を切らなくて。祭壇の前で二拍してしまう者さえいるのだけれど、おそらく彼らは願いは叶わないことも、祈りが届かないかもしれないことも知っていて。それでも藁にもすがるおもいでやってきて。
    そんな人々を『祈り続けること』でしか救えないことを、神父が理解していることは、なんとなく虚しさを誘った。
    カミサマはほんとうに救われなくてはならない人を、救わないものかもしれないけれど、李さん夫妻も、伊崎くんも、藤田さん夫妻と由真ちゃんにしても、みんなそれぞれ自分自身で答えを出して未来への舵を切りはじめた。
    その誓いには、たよりない希望が宿っていたようにおもう。

    ラスト、光広が聖書をかばんにしまって振り返らずに教会を出て行く場面は、故郷からの旅立ちとさすらいの人生のはじまりを予感させた。
    祐治に拒絶された美佐子はその後を追うだろうか。そうであってほしいと願う。夢みることは忘れないでいてほしい、とも。
    そして、祐治は島に棲みつき自らを戒めるためにも主(神父)となり、生きながらえていくような気がしてならなかった。

    物語の中核を成すと言っても過言ではない、役者さんたちのひとつひとつの表情、まなざし、小さなしぐさからじくじく湧き上がる登場人物たちの胸の奥に抱えるずっしりとした淀み、さりげなく刺々しい言葉の数々には心がひずみました。
    暗転のタイミングとその時にかかる楽曲には心地よさを覚えました。

    ひょっとしたら観るひとによって捉え方が著しく異なる作品だったのではないかと感じました。かもしれない、という可能性を含む『余白』や沈黙が何かを語ることが多かったようにおもうのです。粗筋に関してはあらゆる憶測を含みつつ記憶をたぐり寄せて書きましたので精密さは危ういです。ご了承ください。

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    2010/09/27 17:08

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