雨降りのヌエ 公演情報 コトリ会議「雨降りのヌエ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    「待ちわびていない兄の再来」

     扇町ミュージアムキューブのオープニングラインナップとしてまるまる1ヶ月、さまざまな企画を詰め込み劇団が総力をあげて取り組んだ公演である。

    ネタバレBOX

     全4話からなる『雨降りのヌエ』は、5人きょうだいの長兄である四宮幸人が亡くなった2124年10月5日の21時に弟妹に起きた出来事を描いている。どの話にも共通して、客入れの挨拶を終えた若旦那家康が「私は死にました」と舞台に上がると物語が始まり、「兄」として物語に介在し続ける特徴がある。

    「第夜話 縫いの鼎」は4番目に生まれた次女の優香理(三ヶ日晩)と夫の壮太(山本正典)が離婚届に判を押そうとすると、横から兄がくまさん判子を押してきて妨害する様子をコミカルに描く。二人とも幸人が亡くなったことはわかっているし、その場に立ち妨害行為をしてくる点も納得済みであるというところがこの物語の奇妙な点である。優香理は幸人の葬式に行こうとしているが、急に兄思いになった彼女の異変を壮太は見逃さない。どうやら家族にとって兄は邪険の対象だったことがここで示唆される。壮太の不倫を疑う優香理は葬式に行こうとしない彼を咎め、やがて矛先は兄へと……互いの腹を探ろうとする言葉少なな問いかけの応酬と、電動ケトルで湯を沸かす音でできる間が、この夫婦の心情を台詞以上に物語っていて面白い。

     急にSF色が濃くなる「第空話 盗んだ星の声」は、火星へと旅立つ宇宙船での珍事を描く。末弟の和(吉田凪詐)と並んでの宇宙船の最低客席に寝転ぶ友人の高橋隆也(まえかつと)は、傍らにいる兄がずっと自分たちを眺めている様子を気味悪がっている。3年かかる航路の最中は冷凍冬眠が必要のようで、あらかじめ必要な薬剤を渡されたのだが、英語の取扱説明書が読めない高橋は薬剤を全て飲んでしまい体が硬直しかかりパニックに陥っている。地球に何の未練もない二人のヤケクソ、体を固めた状態で寝場所を行き来する様子は面白かったが、ちょっと元気過ぎるように見えた。

    「第蓋話 糠漬けは、ええ」は幸人のすぐ下の弟の康雄(大石丈太郎)が営む占いの館「きら星」が舞台である。息を吸うようにぬか漬けを食べる訪問者の楓智子(川端真奈)は、その臭いに子どもの頃兄から受けたトラウマティックな仕打ちを思い出した康雄に不機嫌な顔をされる。智子はやがて自分は体を乗っ取られて火星人になったことを告白し、和の火星への航路を案じる康雄を戦慄させる。いつの間にか兄の頭には宇宙人のツノが生えており、彼もまた火星人になっていたことが明かされる。今から100年後に訪れる火星人の侵略、黙示録的な未来世界がコミカルに描かれる。

     5人きょうだいの真ん中、長女の理子(花屋敷鴨)と兄の分身(原竹志)との対話「第形話 温温重」を観ると、四宮家における幸人の立ち位置がより鮮明になる。運転中の理子は幸人の分身と子どもの頃父親が起こした事故のことや、その父親の葬儀で見せた幸人の暴挙を咎める。幸人の分身はただ無表情に受け流すだけで、その様子に腹がたった理子は幸人の分身をクッションで散々に殴りつける。やがて理子はトランクのなかにある兄の遺体を県境に捨てにいこうとしているのだと告げる。かたくなな理子に対して幸人の分身がとる行動が常軌を逸してくる。いまにも泣き出しそうな理子を演じた花屋敷と、ずっと舞台上にいる若旦那同様に無表情ながら次々におかしな行動をとる原演じる兄の分身の腹のさぐりあいは見ごたえがあった。ドライブ中にサザンオールスターズの「希望の轍」がかかり、サビに入るタイミングで消音したり、扉の開け閉めや灰皿を回収する擬音を台詞で言ったりするなど、ここでも音とその間が台詞以上に雄弁である。

     本来不在であるはずの兄の幸人が常に物語の中心に位置し、死してなお弟妹たちに影響を及ぼし続けている4作を観ていて、私はサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を想起した。4人とも兄の再来を待ちわびてはいないものの、生前素行がよくなかったからむしろ亡くなってくれて嬉しいかと思いきや、いざいなくなったらその不在に苛まれている点では、ウラジーミルやエストラゴンに近い心持ちだろう。しかしいつまでもやって来ないゴドーとは異なり、可視化された兄が具体的に行動を起こしていた点が独特である。その意味では別役実の『やってきたゴドー』の展開に近いものを感じた。

     番外編の「第糸話」は楽屋落ちとSFの要素を融合させた人形劇である。消息を絶った若旦那家康を探す劇団員たちの珍道中を、映像とアテレコでリアルタイムに紡いでいく。途中に入れ込む音楽やテレビアニメのパロディなど、手数の多い遊びを好き放題やっていて面白い。

     充実した短篇公演を敢行しただけでも瞠目だが、ほかにもトークショーや公演準備の公開、過去公演のリーディングや公開デッサンなど、企画力の高さが伺える内容であった。

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    2024/05/12 17:47

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