ライフパスファインダー2010 公演情報 パスファインダ制作室「ライフパスファインダー2010」の観たい!クチコミとコメント

  • 謎だらけ。笑
    >締切り翌日に厳選かつ不公平な抽選を行い、当選の方のみメールで連絡いたします

    ・・・・ってものすっごくオチャメ感がいい。更にサターンブロック、ウラヌスブロックよりプルートブロックの方が料金が安いのは謎?笑

    8

    2010/07/07 13:33

    0

  • マツタケ>
    >そうやってレスが早いのはイヂメですか?w

    そうともいいます。笑
    しかし、その裏にはそこはかとない愛情が漂っております。

    >ここだけの話、目下執筆中でして、、、

    まあ、息抜き、ということで・・。苦笑!

    >仕方ないので、100(目標値)にして返しますw

    それは大変ですな、自ら目標を最高値に設定しますと、足掻かなければなりません。ストイックに徹して当面は頑張るということですね。そこそこ息抜きながらご検討ください。
    ワタクシも沸々と期待値が上昇してきました。すんごく楽しみ~♪

    2010/07/19 12:32

    みささん>
    そうやってレスが早いのはイヂメですか?w
    ここだけの話、目下執筆中でして、、、
    で、わたくし誰かとの交流の中で見つけることが多くてですね
    説明の中で自分が気づくことがとてもヒントになるのです
    その点で1有意義
    それと応援してもらっている実感は、代え難い起動力になるのです
    その点で1有意義
    あとは強いられないやさしさにも1有意義です
    少なくとも3っつもらってます
    仕方ないので、100(目標値)にして返しますw
    ではまた
    ありがとう

    まつたけ

    2010/07/18 22:35

    マツタケ>
    >あなたとの交流は有意義なんです

    有難う御座います。なんだか嬉しいなー(^0^)

    忙しい時はレスしなくていいのですよ、交流出来るときにすればいい。お互いにね☆
    がんばれーマツタケー。。

    2010/07/18 16:57

    みささん>

    実はですね、レス頂いて、さらにコメントしたいのはヤマヤマなんですが
    実はですね、イロイロ山積みでして
    ただ一つ
    あなたとの交流は有意義なんです
    それだけは伝えておかなくっちゃって
    また時がきたらコンタクト発信
    あなたにも有意義を

    短文失礼します;

    まつたけ

    2010/07/18 14:15

    マツタケ>
    >私たちの可能性は「無限」という単位で、公平なのではないかと考えた訳です

    確かに無限という単位で考えたなら公平ですね。単に一人の人間の中の可能性で考えると公平ではないですね。これの説明が以下の文章ですね?笑


    >別の考え方としては、人の可能性は絶対値で公平ではなく、それぞれ別の数値を持っているとしてもその全部の中から選択しているように思えないんです

    確かに全部の中から選択してないですね。ほんの一部分しか頭に浮かんでこない。笑


    >人の可能性が不公平だと感じるのは、「可能性の数が違う」のではなく「選択肢に入れている可能性の数」が違うせいではないかと
    という事は、そもそも可能性はもっとあるのだから、残りの可能性を選択肢に入れられるかどうかの違いでそのチャンスにおいては、誰もが同じ条件である=公平である。と定義してみた訳です

    なるほど~。。哲学的な定義ですね。その定義はほんとうに良く理解できます。ただ、残りの可能性を選択肢に入れられるかどうかの違いはそれぞれの能力の違いのような気もします。

    >自分が不遇でも、不幸になる必要はない→だってこの世は不公平だから
    しんどくてもみんな同じ条件で頑張っている→だって可能性は公平だから
    自分を前向きにするも非生産的にするも、自分で決められる事なんだと気づいてきました

    まあ、確かにそう思ったほうが楽天的で気持ちが萎えることはないですね。

    >あー、とても語ってしまいました
    悪い癖と感じてますが、それが私という可能性なのです
    次は「私たち」の可能性を見に来てください

    あなたは面白いですね。可能性が無限大なら芝居も無限大に留まることを知らないでしょう。そうしてワタクシ達は芝居作りに励む無限大の夢を観に行くわけですね?
    ああ、ワタクシ達はその瞬間、現実逃避出来るのです。笑



    2010/07/14 15:38

    この世が公平→だったらなんでー?
    この世が不公平→だったら仕方ないかー
    と、ならないかなぁと。まぁ、これも希望的観測だとは書きながら気付きましたがw

    人の可能性について
    そもそも人の数だけみても、一人がとうてい会えないほど多いですよね
    で、それぞれが無限の可能性を持っているでしょう
    生まれる前ならなおさらです
    もちろん、生まれてくる環境やもともと持っている能力など千差万別ではありますが(だってこの世は不公平ですからw)その可能性を数であげたら、ハンパなく大きな数になると思うんですよね
    という事は、それって公平って言っちゃっていいんじゃないかと(苦笑
    おそらく宇宙の端っこって、どこかに存在すると思うんですが、めちゃくちゃ向こうなので「無限」って定義してる訳でしょう
    私たちの可能性は「無限」という単位で、公平なのではないかと考えた訳です

    別の考え方としては、人の可能性は絶対値で公平ではなく、それぞれ別の数値を持っているとしても
    その全部の中から選択しているように思えないんです
    おそらく可能性は多かれ少なかれ、無限に近い大きな数と感じるんですね
    で、人はその中の一部分からひとつひとつその人の選択をしていると思うんです
    人の可能性が不公平だと感じるのは、「可能性の数が違う」のではなく「選択肢に入れている可能性の数」が違うせいではないかと
    という事は、そもそも可能性はもっとあるのだから、残りの可能性を選択肢に入れられるかどうかの違いで
    そのチャンスにおいては、誰もが同じ条件である=公平である。と定義してみた訳です

    いづれの話も、自分が公平の中にいるか、不公平の中にいるかというのは
    決められることではなく、決めることなのではないか?と感じてます
    自分が不遇でも、不幸になる必要はない→だってこの世は不公平だから
    しんどくてもみんな同じ条件で頑張っている→だって可能性は公平だから
    自分を前向きにするも非生産的にするも、自分で決められる事なんだと気づいてきました

    あー、とても語ってしまいました
    悪い癖と感じてますが、それが私という可能性なのです
    次は「私たち」の可能性を見に来てください

    長文と個人的主観、失礼しました

    まつたけ

    2010/07/14 13:37


    マツタケ>
    >この世は不公平です。そう定義するほうが、みんな仲良くなれる気がしてまして

    いあいあ、そう定義しても仲良くはなれないと思いますよ。人間だれしも業とか欲がありますから。笑

    >公平といっても、何についてかはそれぞれですしそれに、劇場はもっと不公平です

    同感です。

    >人の持っている可能性は公平なのですから

    そうでしょうか?可能性は公平でしょうか?笑

    >歴史的瞬間を見逃さないでください

    あい。ソ連の崩壊を思い出しました。

    2010/07/12 16:00

    この世は不公平です。
    そう定義するほうが、みんな仲良くなれる気がしてまして
    公平といっても、何についてかはそれぞれですし
    それに、劇場はもっと不公平です
    舞台と客席の間に、おっきな壁があることが大半です
    私たちは、その壁の崩壊を狙っています
    人の持っている可能性は公平なのですから
    歴史的瞬間を見逃さないでください

    まつたけ

    2010/07/12 12:09

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