実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2023/10/10 (火) 19:00
イェルマとは「石女(うまずめ)=子を産めない女」という意味だそうだ。主人公の女性は農作業などにとても勤勉な男の妻。子ができず、夫は「子どもがいなくても夫婦で平穏に暮らしていこう」という考え方で、劇中でもそのようなせりふがあるが、この女性は子を産むことに執着する。周囲の口さがない言動、石女に対する差別的な視線。こうしたものに巻き込まれ、女性は心の平穏を次第に失っていく。
恐ろしい物語である。不妊治療などない時代、これは悲劇というよりこうした世を生きる女性(男性も含めて)に対する惨劇と言ってもよい。「愛し合えばそのうち子どもはできる」という「常識」を前にして、石女は人間扱いされない。夫も妻の言動に不信感を持って自宅に閉じ込めておこうとし、女性の悲劇は加速していく。「どうして子どもがほしいのか」という問いすら、風に流されていくように。
演出がすばらしい。特に後段、洗濯女たちによる長髪を振り乱しての踊りは鬼気迫るものがある。また、主演の市川奈央子が時系列で変わっていく女性を強烈に表現している。劇の出だしでは柔らかな表情を持つふっくらして穏やかな感じの主婦を(おそらく地で)演じ続けているのが、後段で徐々に豹変していく。小劇場に響き渡る絶叫には耳をふさぎたくなるほどだ。
劇団昴はこうした社会性のある戯曲を扱うと一日の長があるような感じだ。どのような議論を経てこの戯曲を取り上げたのか。そんな舞台裏も知りたいと思った。