クセナキスキス 公演情報 The end of company ジエン社「クセナキスキス」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    クセナキスの不安と苛立ち
    クセナキスの曲を、少し大きめのボリュームで聴きながら劇場にやって来た。
    舞台で話される「音楽家の高橋さん」の妹のアキさんの演奏によるCDだ。

    舞台の幕が開く。
    そこには、とんでもない台詞のアンサンブルが聞こえていた。

    あえて、クセナキスと比べる必要もないのだが、その緊張感の濃度は等しい。
    台詞が、きつい。

    研ぎ澄まされた鋭い台詞の音色。
    素晴らしい舞台。

    ネタバレBOX

    100年に一度の東海大地震のすこし後、市民の一部はまだ体育館などに避難している状況。

    丘の上にある、開設前のデイサービス。ある宗教団体が運営する予定。
    しかし、中心となるケアマネージャーの急死等で、認可がおりる可能性はまったくなく、開設は無理だろうということだ。

    しかし、そこで働くスタッフは、準備を進めている。
    無理を知っていたり、知らなかったり。

    この場所に人が集まったところで、余震により道路が塞がり、ここは孤立してしまう。

    集まった人の中には、開設に携わる医師がいる。彼は医療事故により、自分は殺人を犯したと責め、その遺族の女性を、この場所に誘拐してきている。
    誘拐された女性は、一日中、音楽を聴き、PCの前にいる。逃げることはしない。ただ、この場所に訪れると思っている(あるいは思っていない)、音楽家の高橋さんを待っている(あるいは待っていない)。高橋さんは、クセナキスの理解者だ。

    老人という設定の女性が開設前のこの場所で暮らす。身体に障害があり、どうやら認知症の兆しもあるようだ(もしくは、その設定を全うしている)。

    様子のおかしい兄を連れにやってきた、医師の妹。介護用品の営業マン。スタッフの女性の恋人。開設前の空いている場所でバンドの練習をする3人。ここで暮らす女性の元恋人である市役所の職員。

    とにかく、全員が何かへの閉塞感を抱えている。閉塞感からくる不安が、苛立ちを醸成する。その苛立ちや不安が舞台の上で充満している。
    その源泉がどこにあるのかが、わかっていてもどうしようもない。
    とにかく、全員が苛立っている。

    大地震の後での疲れや不安が彼らをさらに苛立てている。
    文字通り足下の揺れ、立っているところの不安定さは、彼ら全員に共通する。
    また、ここへの唯一の道が塞がれ、孤立してしまったという様子も彼らの姿に重なってくる。

    ここから出るには、救援隊が必要だと言う。また、自分で帰ることができると主張する者もいる。あるいは、ひょいと簡単に麓と行き来する者もいる。

    ここにいる者は、外からの助けを求めている。自らの力ではこの閉塞感を突破できないと感じている。
    「独り言」と言いながらも、SOSを発信している(救助を求めている)。SOSの声は届いているが、言葉は届いていない。もちろんそれがSOSであることはわかるが、誰もが自分のことだけで手一杯で、手をさしのべることはできない。
    唯一、ここに暮らす女性だけが、手をさしのべようとするのだが、苛立つ者には、その手は見えていない。
    というよりは、「助けてほしいあなた」からだけの救助を求めているのかもしれない。

    声を荒げることはほとんどないのだが、言葉がきつい。
    相手にダメージを与えることを期待しての、一言がきつい。

    特に女性から発せられる一言が、ドスが効いていて背筋が凍る。
    そんな風には言われたくないという空気をまとった言葉は、きつい。

    救いは当然なく、自らの中で納得するしかない。

    崖崩れによる、現実の孤立は、救助隊によって解消されていく。しかし、彼らの孤立は解決しない。

    元医師は、コミュニケーションがうまくなかったと、過去を振り返るのだが、ちゃんとしていれば、と振り返るだけで前は見えていない。

    ラストで、ガラスに映った自分の姿だけは確認するのだが、結局、人とのコミュニケーションは断絶したままで、向かい合う2人の声は、会話とはならず、自分だけに向けられている。

    最初から最後まで、PCに向かい、ヘッドフォンで音楽を聴いている女性キスメは、ヘッドフォンの外で起こっていることは、聞こえるのだが、聞こえないことにしていた。

    それは、実際にはすべての登場人物の姿であり、人のことは聞こえない。聞いてもわからない。クセナキスの音楽は聞こえてもわからないように。
    キスメが待つ高橋さんと、同一の人物とは思えない高橋さんがやってくることで、彼女はひょっとしたら孤立から抜け出せるのかもしれない。高橋さんが本物だった場合は、彼が救援隊になるからだ。

    キスメという名前はHNなのだが、KISSMEからきているという指摘は切ない。

    クセナキスという作曲家は、高橋悠治という弟子であり、音楽家である人によって、特に晩年は、世界とつながっていたらしい。

    クセナキスは晩年、アルツハイマー病に冒されていたと言う。アーチストにとって、自分の作品を世界に伝えられないというのは、どれほど辛いものだったのだろうか。

    クセナキスの苛立ちと不安は、登場人物たちの不安でもある。
    翻訳者や仲立ちをしてくれる救援隊は、彼らにいるのだろうか。

    そういう不安や苛立ちと、外からの「手」は、誰しもが持つであろう願望でもある(あるいはあったはずである)。
    ある時期の誰でもが経験するような気持ちだけに、見ていて辛すぎる舞台でもあった。

    出演者の台詞のアンサンブルがとにかく素晴らしい。
    息をのむ。

    久々に凄い舞台を観た。
    いろんな人に観てもらいたいと本気で思った、(たぶん)初めての劇団ではないだろうか。

    ジエン社はこれから注目していこうと思う。

    再び、クセナキスを聴きながら帰路につくしかない。

    おまけ:劇中で出てくるクセナキスのシナファイ@ユーチューブ。
    http://www.youtube.com/watch?v=9pBMxp8EJFA

    7

    2010/06/06 07:19

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  • ひなつさん

    >初心者には、
    テレビドラマや映画ではなかなかお目にかかれない、
    不安定だったり猥雑だったり破綻していたりする、安心感のないものを薦めたいと思ってますw


    それは面白い! なんとなく言わんとしていることはわかります。テレビや映画とは違うナマの面白さは、そんな「猥雑」だったり「破綻」の中にあるのかもしれません。
    いい演劇に出会えて、アタマを揺さぶられる経験をして、演劇にハマっていくんでしょうね、きっと。

    2010/06/11 04:41

    遅レスですが、僕はわりと「初心者にお薦め」マークはつけています。
    その場合の初心者とは、ほんとにはじめて舞台に触れる人、を想定しています(そういう人はコリッチはみないだろう、とは思いつつw)。

    そして付ける基準は、
    「わからないけど面白かった」と思わせられるかどうか。
    自分が高校生のときにそういう体験をして、芝居にはまったので。

    初心者には、
    テレビドラマや映画ではなかなかお目にかかれない、
    不安定だったり猥雑だったり破綻していたりする、安心感のないものを薦めたいと思ってますw

    2010/06/10 12:42

    ひなつさん

    コメントありがとうございます。

    >初心者にお薦めしないマークを付けてしまって…w

    確かにあの台詞の重なりとかは、初心者には厳しいかもしれませんね。
    ま、人それぞれに感じ方は違うので、別に問題ないと思いますよ。

    ちなみに私は、いままでどの舞台でも、初心者マークはつけたことがありません。今後もつけることはたぶんないと思います。初心者とは何者か、その初心者と私との違い、あるいは同じところはどこなのか、がイマイチわからないので、つけることができないのです(笑)。

    >漫画やアニメやラノベ的な、このセカイ系的閉塞感に馴染んでいる、
    というのも要因かもしれませんけどw

    そうなんですか。今回の雰囲気は、漫画やアニメやラノベ的な感じだったんですか。それはよくわかりませんでしたけど。お芝居の世界では、ブルドッキングあたりにも通じるものはあったように私は思いました。

    2010/06/08 06:24

    わあ、すいません、
    「いろんな人に観てもらいたいと本気で思った、(たぶん)初めての劇団」と書かれているのに、
    初心者にお薦めしないマークを付けてしまって…w

    熟考したうえでの判断なので撤回はしませんが、
    アキラさんの感想を読んで、
    ちょっと自分は演劇批評的な側面からして観られてないなあ、と反省。
    まあ、年齢の割に自分が、
    漫画やアニメやラノベ的な、このセカイ系的閉塞感に馴染んでいる、
    というのも要因かもしれませんけどw

    2010/06/07 15:59

    アキラさま

    はい、観ました。これから書きます。

    2010/06/07 05:57

    きゃるさん

    コメントありがとうございます。

    お好きな劇団だったんですね。今回はご覧になったのでしょうか?

    2010/06/07 05:26

    アキラさま

    丁寧な解説ありがとうございました。ジエン社は私の大好きな劇団です。これからもよろしくお願いいたします。

    2010/06/06 12:38

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