きく 公演情報 エンニュイ「きく」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    鑑賞日2023/03/24 (金)

    発話をめぐる哲学的な洞察

     白壁にアートや落書き、スウェットなどが掛けられた殺風景な空間の真ん中に席が六つ設けられている。「演者のテンションやコンディションで上演時間が変わります」。開演前のアナウンスがかかると男女が席に座りはじめるがなかなか芝居が始まらない。彼・彼女らの関係性は明示されず、なぜそこに腰掛けているのかも不明である。

    ネタバレBOX

     そこから他愛のない会話が始まり、物語の主軸は母親が癌と告知された男性A(小林駿)になる。皆はAに「はあ」「そっかぁ」などと声をかける。いまお母さんと一緒にいてあげないと一生後悔するよと声をかけた男性H(オツハタ)に対し、Aは「そんなのわかってるよ」「勝手なこと言うなよ」と怒声を浴びせる。そこからAが身の上話を始めるのだが、じょじょに話題の主軸が他の俳優にずれはじめていく。Aが自身の祖母に言及すると女性B(浦田かもめ)が耳の悪いおばあちゃんの話を始める。やにわに男性C(市川フー)が自分の祖母に関する事実を打ち明ける。BとCの話は重なるようで重ならず、そこにまたべつの女性G(二田絢乃)と男性E(zzzpeaker)が会話に入り込み、以降も主たる発話者の話題をもとにして別の発話者へと主軸が入れ替わっていく。途中で舞台の映像が背景に投影されたり、言及された音楽の映像が流れたりする。果たして主軸はAへと戻っていくのだが、他の人物たちが自分の話をほとんど聞いていなかったことへの怒りを吐露するものの、それをBにたしなめられる。

     私が面白いと感じたのは発話者の主軸が連想ゲームのように切り替わり、ひとつの流れを形成していた点である。他人の話題からまったく別の連想をするというのは日常誰しも覚えがあることだが、そのことを他者に示すということは行われないことだろうし、雑念だらけの内面をそのまま口にしてはただの垂れ流しになってしまうだろう。本作品では俳優の発話方法を対話/独白/傍白などで区切らず、むしろ観客の視点の移動を利用し、その時点で物語の展開の中心にいる人物に話をさせて観客の注目を集め、流れを作っては位相をずらして壊し、また作っては壊しという円環構造が出来上がっていた。これは立派な演劇批評だと思うし、言語で世界を把握する人間の限界を示す哲学的な洞察になっていたと思う。

     しかし後半になってくるとこの流れがやや単調で冗長に感じたということも否めない。ところどころ入れ込まれたギャグや動物を模した動き、終盤で長い筒を用いて「聞く」という動作を立体化して見せた試みなど手数は多いのだが、それがこの作品で用いられた発話者の主軸をずらす方法論の提示とうまく噛み合っていたとは思えなかった。

     とはいえ実体験をもとに他者の話を聞くことの困難さを、こうした形で作品化してみせた長谷川優貴の企みはとても興味深い。終幕にどの観客も覚えたであろう、話をすることの傲慢さやバツの悪さを含めて他では得難い観劇体験であった。

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    2023/04/12 18:19

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