満足度★★★
読書のモチベーションとしての演劇
会場でもらったプログラムによると、村上春樹の小説の影響でこのマルセル・プルーストの原作が本屋で平積みになっていたという。私は村上作品をほとんど読んだことがないのでわからないが、最近出た本の中で村上春樹がプルーストの「失われた時を求めて」に言及しているということだろうか。
それはともかく、三条会がこの小説を芝居化するということで、全7作ある小説のうちの第1篇「スワン家の方へ」を観劇3日前になんとか読み終わった。文庫本で700ページもある長編で読むのに2週間ほどかかった。しかもこのサイズの作品があと6冊もある。読んだのはちくま文庫から出ている井上究一郎の訳。これが翻訳調のなかなか読みづらい文章だったので、すでに読みはじめている次の第2篇では、集英社文庫から出ている鈴木道彦の訳に変えてみたが、こちらのほうがだんぜん読みやすい。これから読む人には集英社文庫版がオススメ。
そんなわけで、三条会の芝居を見るために大長編の小説を読み出したのだが、こういうきっかけがなければたぶん当分、というかおそらく一生、この小説を読むことはなかっただろう。幸い小説の内容にも興味が持てたので、このまま三条会の公演に寄り添う形で最後まで読み続けたい。演劇によって読書のモチベーションが高まるという、なかなか珍しい体験をしている。
芝居の上演時間は約1時間。三条会の公演では普通の長さだが、原作の長大さを考えるとこれは暴挙を通り越してむしろ潔さを感じる。小説に書かれた出来事を一つ一つ追っていく作業ではなく、この芝居を見ることで少しだけ小説が読みやすくなればいい、と演出家はプログラムの挨拶文に書いている。
ただ、原作の内容を再現するのをやめたことで、芝居としての表現はものすごく飛躍したものになっている。そしてその飛躍ぶりを面白がるためには、やはり原作は事前に読んでおいたほうがいいだろうと思う。
私自身はこの小説をスワンという人物を主人公にした恋愛小説として読んだ。また19世紀末のブルジョア文化を描いた風俗小説としても興味深いと思う。ただ、紅茶とマドレーヌのエピソードに象徴されるように、芝居ではむしろ人間にとっての記憶とはなにか、みたいな部分に焦点が当てられていたようだ。もちろんいろんな角度からの読み取りが可能なのがこの小説の魅力ではある。開演前に受付でもらった紙袋には、紅茶のティーバッグとマドレーヌというお菓子が入っていたのが洒落た趣向だった。
それにしても舞台表現の飛躍がすごい。原作の登場人物だと思えるのはスワン夫妻と娘のジルベルトくらいで、あとは医者、看護師、役者、易者など小説とはあまり関係のない人物が登場する。漫画「あしたのジョー」のアニメの音声が役者の動きと重なったり、東宝の怪獣映画に出てくるキングギドラの魅力をスワン役の中村岳人が延々としゃべる一方で、スワン夫人を演じる大川潤子がキングギドラ然として両腕を広げたりする。
ところで、スワンとオデットという名前はバレエの「白鳥の湖」を連想させるが、はたして作者のプルーストはそれを意識していたのだろうか。時代的には「白鳥の湖」が初演された時期と小説で描かれた時代は重なっている。ただし内容的にはあまり関係はなさそうだ。
それにしても19世紀末から20世紀初頭にかけては文化的に豊かな時代だったと思う。王侯貴族を筆頭に地主階級を中心にしたブルジョア文化が最後の輝きをみせた時代ではないだろうか。金と時間がたっぷりあって、子供のころから文化芸術に親しんでいる人々。音楽も美術も演劇もそういうブルジョア階級が支えていた時代。