実演鑑賞
満足度★★★★
幼いころから馴染んできた童謡を聞くような懐かしいミュージカルだ。
何度も上演され、いまは、わが国でもアメリカ同様、学校の文化祭やアマチュア劇団の上演もされる古典である。東宝制作のクリエの舞台は、中堅、新人から成るプロダクションだ。
もともとが南部の田舎の大学から生まれた作品と言うだけあって、構造は単純で、親の不仲な隣り同士の恋人の青春譜である。若い二人、マット(岡宮来夢)とルイーザ(豊原江理佳)。頑固だが人のいい父親たちは今拓哉と斎藤司、二人の中を裂くべく雇われるならず者は青山達三と、旅芸人のモーティマー山根良顕。物語の語り手は愛月ひかる。
どこかで舞台を観た記憶がある俳優ばかりで、堅実な公演になった。演出は上田一豪。演出者はもう四十歳に近い年齢だが商業ミュージカルでは若手の方だろう。突出した役者のいない座組を手堅く、原作に沿って優しいミュージカルに仕立てた。昔のあまり流行らない遊園地のような電飾をつるした中に、一段高い場所を設けただけの装置も、その陰に置かれたピアノとギターにドラムと言う音楽も素朴でいい。物語は昔風にほとんど歌で進んでいき、二幕になると、雇われた悪者たちとの殺陣もあるがいずれもお約束の進行である。お馴染の主題曲は最後に出てくる。これがないとやはりヒット・ミュージカルとは言えないだろう。若い二人が恋を成就するまでが一幕、60分。その破局と仲直りが二幕55分。
東宝が日比谷の基幹劇場で、内容的には派手でもない「アルキメディスの大戦」や時代遅れと言われかねないこの作品を一万円以下のS席で幕を開けるのは、自社の基礎と将来を見据えてのことだろう。そこはさすが長年の商売うまいなぁ、と言う感じと共に、興行者の伝統も感じた。実は筆者はこのミュージカルの芸術座初演を五十年余年前に見ている。その時はオフブロードウエイのミュージカルがわが国で初めて上演される、と言う触れ込みだったが、正直言えば、ぎごちなく面白くもなかったし、客席はガラガラに等しかった。(今回はほぼ7割)。まだ、小屋に客がついていない頃で、前後して森光子や三益愛子の女優芝居でこの小屋は満席続出の劇場として東宝演劇を定着させることになるが、いまでも、この9月から十月公演のような地味な公演も、忘れないところ、千と千尋やレミゼの演劇興行に連なっている大会社の底力を感じないではいられない。パルコ焦るな、公共劇場も伝統は片隅では考えろ、と言う教訓である。