実演鑑賞
満足度★★★★
日本ではあまりお目にかからない種類の脚本で僅か70分。それでいて一夜芝居である。
父(益岡徹)と息子(戸次重幸)だけの二人芝居。4歳のかわいい盛りに息子を亡くした父はクローンの息子を作成して、幸せに暮らしてきた。しかしその息子が成年に達しようとするとき、息子は同じクローンが20体以上作られたことを知ってしまう。父を難詰する息子のシーンから始まり、息子の知らなかった父母(母も亡くなっている)や兄弟の事情が明らかになってくる。未来SF系の設定になっているが、これは現代科学の先端の遺伝子工学の話題を好機とした家族論である。話題も事件も多岐にわたっていて面白い。
作者キリル・チャーチルは、半世紀前にはイギリスの若い女性劇作家としてもてはやされ、日本でも「クラウドナイン」や「トップガールズ」は何度も上演された。今で言えば、ルーシー・カークウッドのような勢いがあった。これは02年の作品、日本初演である。(作者は現在も存命のようだ)
ジェンダーを意識した作品を書いてきた作者だけに、舞台には女性が全く出てこない。舞台は、二人だけの対話で進んでいくが、その奥の一段高く置かれた黒のアルコーブには男女の様々の衣装の黒い顔の人形が階段状に五六体立てられている。ここの照明がいつの間にか微妙に変わるところ、ものすごくうまい。(演出・上村聡史・照明・沢田祐二)
中年のころ、ロンドンで仕事で知り合った知人に劇場へ連れていかれると、こういう手の新劇がよくかかっていた。サザンよりは一回り小さなほそい通りに面した劇場で市井の観客が芝居を楽しんでいた。友人、夫婦連れ合いで来る客も多く、きっと彼らは帰り道パブにでも寄って、芝居のあれこれをネタに知り合いの噂話を楽しんだのだろう。観客の成熟も基盤にしているような芝居だが、日本でも女性作家が頭角を現してきているのだから、早くこういう芝居を日本作家で見て見たいものだ。桑原裕子、瀬戸山美咲、詩森ろば、たのしみにしてますよ。