〈シアター風姿花伝劇作家支援公演〉『風-the Wind-』 公演情報 HANA'S MELANCHOLY 「〈シアター風姿花伝劇作家支援公演〉『風-the Wind-』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    肉体の価値をめぐる逍遙

     18歳の女性がさまざまな立場の人物との交流し成長する過程から、肉体の価値についてさまざまな問いを提示する秀作である。2022年4月22日の昼公演を観劇した。

    ネタバレBOX


     高常奈菜子(白濱貴子)は束縛の強い母への反抗として、背中に龍のタトゥーを入れようとしている。資金を稼ぐべく向かった先は性風俗店「肉体」。店長の雑木林(松川真也)の値踏みにたじろぎながらも先輩の八菜子(花純あやの)の助けもあり、奈菜子は少しずつ客をつけていく。しかし周囲に相談なくタトゥーを入れたこともあり奈菜子の稼ぎは落ち、恋人の波流(山中啓伍)とも険悪な仲になってしまう。それでも地道に客を取り続けていたある日、身元不明の女性(蓑手美沙絵)からの電話を受けた奈菜子は、その後度々その女性と電話でコミュニケーションを取り続ける。ルーシーと名乗る彼女は、日本から離れた遠い国で奈菜子とはまた異なる状況のなか自身の肉体の危機に直面していたーー。

     私がまず感心したのは作劇の巧みさである。性風俗産業やタトゥーといった万人が馴染み深いとは言い難い業界をよく取材し、説明的な台詞を使わずに構成した作者・一川華の手腕に瞠目した。本筋とは直接関係のない挿話にもリアリティがある。八菜子が回想する東日本大震災発生時と思われる時期の思い出や、奈菜子のことを愛する女性の名前で呼ばせてくれと願う客(粥川大暉)との対話などが作品に厚みを持たせていた。一川の対話を書く能力の高さ、観客に対する信頼が伝わってきた点に好感をもった。
     
     シアター風姿花伝の一杯飾りを巧みに使った大舘実佐子による空間造形もうまい。舞台上にはふたつのドアとカーテン、一台の机とベッドがあるだけなのに、登場人物が入れ替わるごとにタトゥースタジオや「肉体」の店内、奈菜子と波流が暮らす部屋へと流れるように変わっていく。そのためずいぶんと広い空間で芝居が進んでいるような心地になった。

     他方で私が疑問に思ったのは、奈菜子がタトゥーを入れ風俗で己を値踏みする行為と、ルーシーが直面している女性器切除の慣習を同時に問題化することは妥当なのかという点である。冒頭から奈菜子の越し方や葛藤が丁寧に描かれるのに比して、ルーシーとの邂逅はそこまで深くは描かれないため、やや牽強付会な繋げ方になっているように感じた。そのため終盤で奈菜子が彫師の神沼(原田理央)にタトゥーを入れられる様子を前景に、奈菜子がルーシーへ込めたメッセージを紙飛行機に見立て大量に飛ばす本作最大の見せ場がそこまで感興をそそられるものにならなかったのは残念であった。テーマを絞り奈菜子の生活や精神的な成長をより丁寧に描いた方が、男性中心社会における女性にとってのシリアスな問題を浮き彫りにすることができたのではないかと感じた。
     
     私が観劇した回で奈菜子を演じていた白濱貴子は、2時間ほぼ出ずっぱりで奈菜子の精神的な危うさや芯の強さを力演していた。欲を言えば奈菜子の幼稚さ、軽率な行動の根底にある、母親に対する強い対抗意識や自己肯定感の低さといった要素をもう少し感じさせてもらいたかった。

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    2022/05/06 13:20

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