実演鑑賞
満足度★★★★
アメリカの現代演劇には珍しく、4歳の男の子を突然事故で失った30歳代の夫婦とその周囲の喪失感と回復のドラマだ。こじんまりした室内劇で、なんでも大仰になるアメリカ演劇らしくなく、普通に生きている市民の人間の内面の孤独に迫っている。
新任のKAAT長塚圭史芸術監督の一年目、タイトルに「冒」と振っていて、型破りを旗印にしているがこれは、外へ、ではなく内への冒、で意表を突かれた。
泣かせるのである。
いいところを箇条書きにすると、まずスタッフの組みがいい。ことに翻訳脚本をテレビ・ライターに上演台本に書き直し委嘱していて、これがなかなかうまい。外国かじりの演出家で、翻訳台本まで作る人も少なくないが、翻訳調が抜けない。ミュージカル台本などはよほどこなさないと曲に乗らない。戯曲翻訳も上演台本は別のものと考えた方がいいことがこの舞台で実証された。
小山ゆうなは手堅い演出家で、こういう人情物もできることが分かった。人物も、市民の細かい日常感を舞台化して類型に堕さない。ステージングもうまい。公共劇場でも、ジャニーズ頼みのだらしない公演は沢山あるが、ここは俳優も思い切って舞台の実力者を揃えている。この欄の読者ならこのキャスティングのうまさはよくわかるだろう。その期待に応えて皆全力で役に挑んでいる。見ていて気持ちがいい。
公共劇場は商業演劇、劇団公演ではできないこういう新鮮な座組で頑張ってほしい。
劇場の天井は高く、舞台は広い、舞台機構は行き届いている。客席はわずか200席ほどでこの舞台を観る、こんな贅沢はない。税金の払い甲斐がある。
コロナで初日が三日ほどずれ、出ばなをくじかれたのか、この欄でもまだ「見てきた」を見ないが、横浜まで行くだけのことはある。