実演鑑賞
満足度★★★★★
約一年、待ちわびた舞台。
樹木希林主演の映画を観、ドリアン助川の原作小説を読んで珍しく周囲に勧めたりなんぞしていた作品が、意外にもこんにゃく座のオペラになる。想像もつかないが寺嶋氏に作曲を委託、上村氏を演出に招いた事から本気度が伝わってくる。完全2チーム制、「どら組」の最終日を押えていたがついにその日が来た。
「どら焼き~ いかがで・す・か。」、やる気の無い男の売り声。同じ呼び声のメロディを歌うコロスの中学生らによる、しょぼい店の紹介で笑わせてから、物語の中心人物・徳江さんは早くもやって来る、アルバイト募集の紙をその手に持って。「あまり美味しくないという噂も聞いた」と言って自作のあんを置いて行くがこれが絶品、やさぐれ店長は「このあんこで借金に縛られた生活から抜け出せる!どら焼き屋から解放される!」と夢見顔。「焼きそこない」の皮をもらいに時々訪れる中学生のワカナも味見してびっくり。「でもあのおばあさん、指が少し曲がっていたな。」「気にすることないよ。」「そうだあんこだけ作ってもらおう!」
軽快なこの序盤からこみあげてくる。人生に躓いた店長の千太郎と、母一人の片親家庭の苦労を背負うワカナに、訪問者・吉井徳江を受け止める素地を微かに見出す。二人の何気ないやり取りが静かに、ふつふつと物語を歌い始めるのだ。
創立50周年第2弾の「ドン・キホーテ」(2021)にも、湧き起る憤りがあったが、本作では怒りの向けどころのない内腑を抉る「事実」から、自らの人生の答えをまるで奇跡の賜物のように見出した徳江という存在との、二人の出会いの悦びが歌い上げられる。もちろん徳江の「奇跡」が輝くのは果てしなく長く深い絶望があったからなのだが。そして今尚差別の残る社会への憤りと、無力でちっぽけな自身へのやるせなさに嗚咽する千太郎に自分を重ねている。
詩が好きで国語の先生になるのを夢見つづけていた徳江さんならではの人生賛歌は、ハンセン病(隔離政策)という受苦から生まれ、全ての人間の生に桜の花のように降り注ぐ。明確なイメージを伝える演出、台詞、音楽であったが、今回はもう一つの組(春組)の千秋楽も観るという贅沢をさせてもらった。比較しての感想もいずれ。