実演鑑賞
満足度★★★★
名を知ってかなり歳月が経ったNoizm、初観劇。一度見て面白かった山田うんと作品を出し合う公演、という事もあって足を運んだ。
別の作品とは言え、Noizm0、Noizm1とあるので出演はNoizmメンバー(山田うんのは若手、金森譲のはベテラン)であるようだ。
どちらが先か知らずに見始めたが、一つ目開演早々既視感。3、4人がステージを斜めにユニゾン、軽快に前へステップする動きにブレーキがかかって片足を出した所が停止点、また同じ軌跡を戻る、というのは山田うんのもの。舞踊には個性が否応なく滲む。たった一回の観劇でも焼き付いたのだろう。全編に穏やかなクラシック(室内楽)が流れ、音楽のみではステージの意図は汲みづらい。特徴的なのは衣裳で、春を思わせるが微妙な何か意図があるような・・淡い原色系の数種類の色を全員違うパターンで切り貼りした感じだが、「自然」か「人工」か狙いが不明、あるいは「人間の営為に自然などない」の意か・・。山田氏の出自がそうなのか、クラシックの影響か、バレーに寄った印象。技術を習得した若者がその技術も披露する「如何にも舞踊」な群舞であったが、ふんわりとして今ひとつ掴みどころが無かった。一人だけ体格の良い西洋人が男性だな、と見ていたが、終演後一列に並んだ顔を見ると半数が男性と見え(短髪の数)、ユニセックスな世界が狙いだったのかな・・?等と考えてみた。舞踊の娯楽の第一は身体の動きの視覚的な快楽、音楽とのコンビネーション(リズム感)にあり、要は理屈ではない訳だが、ピンと来なかったのは「境界」というコンセプトが醸す「攻めた」ニュアンスとかけ離れていたからか。
一方Noizmは荘厳という言葉が相応しい舞台。出演者は三名、高貴さをまとう白い衣裳の女性?と、黒をまとった武術的な動きをする二人。何もない舞台に、簡素で大胆な装置が場面によって挿入、そして照明を駆使して独自な世界観を見せる。山田うんの時は「白いリノリウム?」と見えたのが、黒になっている(15分の休憩時間に敷き直すのは無理だろう)。空間と時間、生命、人間の営みの反復といった、何か本質的な領域に触っていそうな視覚的なイメージが強烈である。そして、「見た事のない」風景が現前していた。
同じりゅうとぴあの「演劇」部門では笹部氏によるギリシャ悲劇の(ギリシャ悲劇だけに)荘厳な「赤」のイメージを思い出したのは、偶然か。