実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2021/11/26 (金) 13:30
座席1階
劇団民藝が全国各地で巡回する公演でロングランを重ねている演目という。自分は初めて拝見した。井伏鱒二の原作を、コメディータッチで描く。アパートの部屋代を踏み倒して逃げた元借主から家賃を回収する旅に出る売れない作家。これに同行したのが、かつての交際相手から慰謝料をふんだくろうとする女性。夫婦に見えてまったく違う、風変わりな男女の珍道中、といった物語だ。
アパートの大家が突然亡くなるところから物語は始まる。住人たちはお人好しの大家とこのアパートを気に入っていたのだが、借金のかたにアパートを取られるということが分かって、住人たちがこのアパートを守ろうと考えをめぐらす。そして、少しでも借金返済に充てようと、お人好しに付け込んで部屋代を踏み倒した連中から回収しようと、集金旅行という発案になる。
井伏鱒二が別名で登場し、集金旅行の主人公として描かれる。アパートに転がり込んでくる大学生の太宰治とか、文豪の名前が次々に出てきて面白い。
借金の取り立てといってものんびりしたもので、列車に乗って旅館に泊まり、家賃を踏み倒した人物のところを訪問してお金を返してもらう、というゆったりとした時間が流れている。電話もあるにはあるが、交換手を通してつないでもらうという時代。そういう時代背景もあってか、借金取り立てというぎすぎすした雰囲気はまったくない。
一方、別れた男から慰謝料を取ろうと考えた女性もこのアパートの住人なのだが、一緒に旅に出るというシチュエーションに、何となくお互いの気持ちを通わせていくというのが、少し微笑ましい感じだ。旅先でのドタバタ劇もあったりして、笑えるところがたくさんある。
井伏鱒二が自分を売れない作家として描いているのも興味深い。実際、売れなくて苦労を重ねたという。代表作「山椒魚」で描いたこの魚の心は、井伏の実感だったのかもしれないなあ、と舞台を見ながらぼんやりと考えた。こうした自虐的な物語は、日本の文豪たちには珍しいのではないか。
休憩を挟んで3時間近いので、長いと言えば長い。しかし、このゆったりとした時間はこの芝居のベースにあるべきものなのだろう。通信手段が発達し、新幹線で目的地まであっという間という世界に住んでいると、何かしらこの時間の流れがとてもうらやましく感じる。