実演鑑賞
満足度★★★★
演劇のあり方をとことん考え詰めた太田省吾らしいシンプルで抽象的とも言える二人芝居。そこを杉原邦生は、あの手この手の変化をつけて、80分飽きずに見られる芝居に仕上げた。更地になった昔の家のあとに来た夫婦が、自分たちの過去を思い出し、語り合う。言葉と俳優の存在だけで、そこにないものを現前(リプレゼント=ミメーシス)させる。
不倫や失業倒産や子供の非行や、そんな不幸な話はなにもない。赤ん坊の頃、思春期の性の目覚め、出会い、出産、子育て…。ほんわかした彼女彼氏の平凡だがかけがえのない出来事。女(南沢奈央)が半泣きで懇願する「本当にあったことがいっぱいほしい。なんでもない日のなんでもないことがいっぱいあって、そうなれば…。黄金(おうごん)の時がほしい」というセリフが主題を表している。
夫婦で見るのにいい芝居だ。「屋根がなくなったから見ることのできた月」のように、過去になったから全てが美しく見えてくる。実はこういう芝居は珍しい。だいたい不倫だなんだと、生臭くて、大なり小なり身に覚えのある夫婦で見ると気まずくなるのが多い。相手の話している間にあくびをして、平謝りするなど夫婦あるあるが面白かった。
戯曲の初老の夫婦の設定を、今回は若い俳優(男役の濱田龍臣は21歳!)でやったのが新機軸である。これは大成功だった。なんてことない若い頃の思い出話が、若い俳優の肉体と声を得て、リアルに立ち上がった。動きも多く、メリハリが付いた。現在より、過去を現前させる芝居なのでかみあっていた。初老より若い俳優のほうが見目麗しいので、視覚効果だけとってもいい。
見る前は、動きの少ない地味な芝居でつまらないだろうなと危惧したが、完全に杞憂だった。予想をいい意味で裏切られた。