「戦争童話集」〜忘れてはイケナイ物語り〜 公演情報 椿組「「戦争童話集」〜忘れてはイケナイ物語り〜」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    野坂昭如の「戦争童話集」の収録…実は本で読んだこともなく、本公演で初めて知った内容だが面白い。椿組では昨年も上演しているらしく、今年は構成・脚本・演出を今井夢子さんが担当。「野坂(原作)作品4編」、それを椿組オリジナルの「歌劇団な二人」が野坂作品の夫々の編を繋いでいく。

    説明にあるとおり、日本各地に戦渦の爪痕は残り、人々の心に深 く刻まれている。しかし、その記憶も失われ、もっと言えば風化しつつある現在、この作品の問いかけている問題は「現在」 の課題として考えなければならないテーマでもある。 今回は、朗読、演劇、ダンス等・・様々な表現方法 を駆使。
    内容的には重たいが、観せ方は軽妙で楽しんで観られる。逆に、その楽しんで観られることに危惧を感じた。全体的に漫画風のようで、軽い楽しさに重い内容が流されてしまったように思う。楽しみながら”想い”を知る…が、自分の想像した「戦争童話集」とはイメージが少し違った。
    当日パンフに今井夢子さんが、「・・忘れてはイケナイ戦争の物語を、悲惨さを伝えるのではなく、別の角度から伝えてみたい。椿組の愉快さや多種多様さと通して描いてみたい」とあったが、その想いと自分の想いがフィットしなかっただけ。
    (上演時間1時間25分)

    ネタバレBOX

    野坂昭如4作品は、「アメリカひじき」「僕の防空壕」「ウミガメと少年」「像のいる動物園」、そして劇団オリジナルの「歌劇団な二人」。
    舞台美術はそれぞれの編によって変化する。冒頭(上演前)は野坂昭如のファッションを思わせる山折れ帽子、スーツを吊るした傀儡人形。それを野坂に扮した外波山文明氏が摑まえようとするが、動いて捕まえられない。野坂がスルッとすり抜け容易に本心が解らないといった意味か。

    「アメリカひじき」(俊夫:田淵正博、京子:山中淳恵、他)
    少年又は青年時代に敗戦を経験した男、妻がハワイ旅行中に世話になった初老のアメリカ人夫婦を自宅に招くが、敗戦直後の占領軍に対する一種のコンプレックスを呼び覚まされる物語。ひもじさで米軍捕虜の補給物資をくすねたブラックティー(紅茶の葉)を「アメリカのひじき」だと勘違いして食べた惨めで恥ずかしい思い出など、後年時のアメリカ人への複雑な心理と重なる様を描く。

    「僕の防空壕」(父:趙徳安、少年:長嶺安奈、他)
    出征する前にお父さんが掘った防空壕の中で、少年は何故か戦場のお父さんと会う。お父さんと伝令にでたり、戦闘機に乗ったり…お父さんといっしょに戦争をする楽しい時間を過ごす。現実ではお父さんの戦死報が届き、終戦を迎えて防空壕は埋められ、少年はお父さんに会えなる。実は、少年は防空壕の中でお父さんの戦争はまだ続いているんじゃないかと考えている。

    「ウミガメと少年」(映像と2人朗読ー外波山文明、長嶺安奈)
    終戦年、夏の沖縄の浜辺。 アメリカ軍による激烈な艦砲射撃の中、産卵のためやってきたウミガメ。 戦火を逃れて1人彷徨う少年が見つめるウミガメの産卵。 産み落とされた卵を迫撃砲の着弾から救い出し、洞窟(ガマ)で、ひもじさに耐える少年。 或る日、 誤って踏みつけた卵の白身と卵黄を口にした少年は、守っていた卵を次々と飲み込む。それを知らないウミガメはまた海の中へ・・・。

    「像のいるどうぶつえん」(横一列に被り物の出演者全員)
    森田芳光監督の映画「家族ゲーム」のように横一列に並んで食事する動物たち。映画は斬新な表現手法と評価されたが、この物語では互いが生きていくためには弱肉強食の世界。上手から水牛、熊、鰐、象、キリン、山羊、ライオンが各々話をしながら食事をするが、ここにいるメンバーの肉ではない。想像するに段々とこの動物(仲間)が姿を消し、最後に残った象はどうなるのだろうか。想像の先は知れている。

    「歌劇団な二人」
    宝塚歌劇団の代表作「ベルサイユのばら」を思わせる衣装と歌「🎶椿の花咲く~」はもちろん替え歌。先の野坂作品をそれとなく繋ぐ寸劇のようなものを挿入するが、それは平和な時代だからこそ出来る。この公演も原作「戦争童話集」の話を解体し構成し直し、現代版として挑戦している。
    最後に「これは忘れてはイケナイ物語り」を繰り返しておく。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2021/11/04 21:38

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