実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2021/06/24 (木) 14:00
座席1階
何よりも演出がすばらしい。狭い俳優座けいこ場をうまく使っている。四角の角を挟んで客席を2ブロック配置し、残りの二等辺三角形のようなスペースを縦横無尽に使う。さらに、すだれのような幕を使ってその前後を分けたり、文字などを映写したり。ルパート・マードックのテレビインタビューの場面で、マードック役の俳優はそのカーテンの後ろにいて演技しているのだが、そのテレビ画面でしゃべるマードックを同時に幕に映しているという高等テクニック。近年の小劇場では出色の演出であり、舞台を盛り上げた。
物語は、英国の新聞業界が舞台。部数が低迷していた日刊紙「ザ・サン」を買収したマードックが指示して編集者たちを一新し、徹底的な大衆紙路線を推進する様子を描いた。
現代から見ると、日本でも日刊ゲンダイや夕刊フジなどのタブロイド判の「面白ければウソでもいい」、いや、言いすぎか、「裏が取れなくてもいい」というセンセーショナリズムと、お色気路線は珍しくない。だが、当時のイギリスは高級紙と言われるインテリ読者が読むような新聞が普通だっただけに、大変な反響を巻き起こし、それが部数の飛躍的増加につながっていく。
知人のある新聞記者が「面白ければウソでもいいんだよ」と言っていたことを思い出す。もちろん、大半の記事はきちんと裏がとられているはずなのだが、この言葉はある意味で、かなりいいところを突いている。一般の読者が求めているネタは何か、ということを新聞社の経営陣が考えた場合、そういう記事を読みたくてもなかなか言い出せないようなゴシップ、男性にしてみればエッチな記事が手っ取り早いということになるのは容易に想像がつく。面白いことが最も重要で、それが真実なのかどうか、さらに言えばそれを書くことで関係者が傷つくかどうかの検討などはおそらくなされない。
舞台では「女性にも性欲があるのよ」、と女性向けの性的記事の掲載の論議が行われる。容易に想像がつくと書いたが、大衆路線の導入は、当時のイギリスのメディア界では想像もできないような、時代を一新する出来事だった。
休憩を挟んで3時間の長丁場だが、演出の妙とテンポよく進むので楽しむことができる。圧巻は第二幕。当初はマードックの方がイケイケで、ヘッドハントした編集長の方が慎重だったのに、やはり編集者の性なのだろう。読者がガンガン増えると自らの編集に自信を持ち、その路線で突っ走る。そのため、サンを次々に悲劇が襲う。
ラストシーンが象徴的だ。開幕直後に出てくる5W1Hの一つ、Wに注目しよう。最終幕でこの文字が再び登場し、観ているものの心を貫く。
インターネットで自分に必要なニュースだけを拾うような時代になり、総覧性・一覧性が最大の特徴である新聞の衰退はどの国でも激しい。この物語は、ある意味で新聞に力があった、古き良き時代の物語であったと言えるかもしれない。