夜への長い旅路 公演情報 Bunkamura「夜への長い旅路」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    アメリカ演劇の原点、といわれるほどの有名作品でありながら、日本ではあまり上演されることのなかった現代劇古典(1956)がコロナ禍真っ最中に幕を開けた。コクーンが始めた「世界演劇発見シリーズ」で演出はイギリスのフィリップ・ブリーン。どこかで見たつもりになっていたが、初見である。3時間半もかかるのだから見ていれば忘れない。
    なるほど、アメリカ演劇が詰まったような作品で、かの国に生きる人々の個人と社会への見果てぬ夢への渇仰が切々と描かれる作者の生い立ちを映した家庭劇だ。現代のアメリカ演劇にまで続くテーマがすべて埋まっている。
    過去の栄光にとらわれている父(池田成志)と母(大竹しのぶ)、父は20歳代にそこそこの成功を収めた舞台役者。いまはわずかな不動産を転がして生計を立てている。母はクリスチャンの女学校を出て舞台に惹かれて父と結婚、慣れない巡業暮らしの中で二人の男の子を育てた。薬物依存症。上の子(大倉忠義)は定職に就かずアルコールにおぼれている。作者を映すように文弱な弟(杉野遥亮)は当時不治の病と恐れられていた肺結核の宣告を受ける。一家はアメリカ的な愛に満ちた家庭を持つことを切望しているが、現実はその夢をことごとく打ち砕いていく。
    舞台は終始、一家の居間で、二幕、場数はそれぞれ4場か。一幕は1時間20分。二幕は1時間50分。休憩は20分。セリフ劇でしかも70年近く前の本なのに、ダレない。
    演出は多分この時世だからリモートだったのだろうが、実に細かい。この興行は時節柄ジャニーズ興行で、それが当たってか、見た回(11日夜)は満席の盛況で女性客ばかり(若い層ばかりでなく年齢幅は広かったから、年長組は大竹のファンクラブか)、男性客は二十人はいなかったと見たが、前にこの劇場で見た「ハウンド警部」のような客引きのいやらしさはない。演出はこの名作を役者人気に頼らないで誠実に舞台化している。後半にはそれぞれの登場人物がお互いのエゴをぶつけ会うシーンが続くが舞台の人間像に引き込まれる。大竹ができるのは当然としても、あまりこういう陰のある役でいいところを見たことがなかった池田もぐずぐずしただらしなさを演じ切る。大倉はかつてグローブで蜘蛛女を見たことがあって、大丈夫かと思ったが、健闘。あまり舞台経験がない杉野はその素直さが生かされていた。
    舞台には舞台全体を覆うように大きな白一色の吊り幕がつられていて、それが形を変えて上下することで抽象性が加わり、見たことのない室内劇になった。舞台に置かれた古いピアノ、海が近くてかすかに聞こえる波や海鳥の声、霧笛などの音響効果、少ないが音楽も効果を上げている。
    3時間半を飽きないように作られている。芝居好きは男女老若を問わず、喜んでみる舞台になっているが、果たして満場を埋めたファンクラブ客はこの芝居をどう見ただろうか。
    ともあれ、この名作を、思いがけずいい座組で見られたことはよかった。「発見」である。


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    2021/06/11 23:35

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