実演鑑賞
満足度★★★★
スペインの画家・ゴヤの生涯を素材にした国産・新作ミュージカルである。
言葉では説明されていない絵画を言葉で、と、画家は演劇のみならず、小説や、映画の素材によく取り上げられる。共通点は、このミュージカルがテーマ曲にしているように、絵画は「一瞬の時を残す」、演劇は、上演したその時しか生きられない。ともに現在では複製化はできるが、根元は一瞬のものという事か。
日本演劇では、フランスの画家ゴッホを主人公にした「炎の人」が近代古典化している。
画家の生涯と作品から、芸術家の創造の原点を解き明かし、演劇と言うローカルな場で再生させたということになる。「炎の人」のラストには日本人への呼びかけの言葉が延々とある。
ゴッホは日本では人気の高い作家だが、ゴヤは名前こそ知られていても、評伝も堀田善衛の大作「ゴヤ」が売れたくらいで、長く生きた波乱万丈の生涯も、スペインと言う国の特殊性もあって、あまり知られていない。
そこを危惧したためか、この作品はゴヤの生涯をかなり丁寧に追う。上昇志向の強い才気のあるサラゴサの地方青年が、マドリードの宮廷政治に巻き込まれ、聴力を失い,フランスへ逃れ、その間に画風も次々と変わっていく。スペインの自主性のない日和見王制がフランス革命に揺れるくだりなどは知らないこともあって、面白い。ミュージカルだからスペイン風俗のフラメンコや、宮廷のシーン、ゴヤの絵画が活人画になる(王の家族、裸のマハと着衣のマハなど)サービスもあって、一幕90分、休憩20分を挟んんで二幕80分、堂々たる国産ミュージカルである。
コロナ禍の不自由な環境の中で大作をまとめたのはさすが、松竹と思わないでもないが、やはり、折角の大作だから幾つかの注文は出てくる。
G2の脚本は生涯を分かりやすく描いていてなじみのない国の政情はよくわかるがそこに巻き込まれたゴヤと言う芸術家の転向点の心情に迫るところが弱い。「一瞬の時を残す」という一点に絞っても、もっと深く作ることもできただろう。ことに二幕の、プロローグにもあるラストの「異様な風刺」につながるところが弱い。一幕はもっと整理してもいいと思う。ミュージカルらしいシーンにしても、時代や場所のエキゾチックに見える説明シーンが多く、ゴヤの内面を歌や踊りに昇華させたシーンがない。音楽も無難に走って曲は意外に平凡、歌詞としては生硬な言葉を選んでいて乗りにくい。
主演の今井翼はスペインの親善大使でもあるそうで、フラメンコを踊って見せるくだりなどサービスもあり、ジャニーズ時代からのファン向けには久々の復帰公演でよかったかもしれないが、この大作を背負う芸術家のゴヤの生涯には遠い。初歩的なことを言えば、年齢の経過がほとんど表現されていない。そんなものは必要ないと考えるのはジャニーズ時代を引きずっているからで、これから松竹に移籍して舞台で主演を張っていくためには舞台の細やかな配慮が必要である。今回は助演に妻役の清水くるみ、ポルトガル国王になるゴドイ(塩田康平)の期待できそうな新星が目立った。脇も、山路和弘や天宮良のベテランが固め、仙名彩世(モデルの伯爵夫人)キムラ緑子(スペイン王妃)がしっかり笑いをとっている。
折角これだけ仕込んだのだから再演することもあるだろうが、大幅に手を加えてもっと切実な締まったドラマとして見せてほしいものだ。