帰還不能点【3/13・14@AI・HALL】 公演情報 劇団チョコレートケーキ「帰還不能点【3/13・14@AI・HALL】」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    昭和16年4月より各官庁・陸海軍・民間から選抜された若手エリートの研究生たちに総力戦体制に向けた教育と訓練が行われた。同年7月から8月にかけて、第一期生による模擬内閣演習(シュミレーション)が予測した結果は、日本必敗だったという。その年の12月8日、真珠湾攻撃により太平洋戦争が勃発した。
    事前にシュミレーションし結果も分かっていたのに、なぜ?と思う。

    ネタバレBOX

    その第一期生たちが戦後、メンバーの一人の死をきっかけに未亡人の飲み屋で追悼の集まりをすることになった。未亡人に聞かせるようにして、彼らは劇中劇で戦時中の実際の閣僚や軍人たちを演じて見せるという趣向で舞台は進行する。

    歴史の授業では明治の富国強兵までしか習っておらず、その後の特になぜ太平洋戦争が起こったのかは、私にはずっと謎だった。
    軍部の暴走だったとか、マスコミ(新聞)が国民を煽動したとか、石油を止められてやむを得なかったとか、・・。

    今回の劇団チョコレートケーキの芝居は、文官の暴走を描いている。もちろん悪役は総理大臣近衛文麿と外務大臣松岡洋右である。
    近衛は対米戦に大きく舵を切ることになる政策決断をした首相であるが、国民の熱狂的な支持と人気を誇っていた。
    松岡外相は国際連盟脱退の時の写真が教科書にも載っていた。日独伊三国同盟の立役者である。

    戦後数年、各界の若手エリートたちは結局さほど出世コースには乗らず職を辞した者もいた。その彼らが久しぶりに集まって開戦前の閣僚と軍人たちの野心と、思惑が外れて日米開戦に追い込まれていくまでを生々しく演じて見せる。
    日米の軍事力の格差をよく知っていたのは軍人のほうで、文官である首相や外相が分不相応なユーラシア大陸の覇権を夢見ていたことに驚く。
    フィクションとはいえ、教科書では教えない内容だ。
    その小気味よさが歴史オタクの私には興味深く納得できることが多かった。

    「お開き」の前に岡田(岡本篤)が死んだメンバーの一人は戦後の悲惨な状況の中で自分を悔いて病に倒れたことを告げる。そして岡田自身が偶然仕事で広島に出張しそこで原爆に遭った話をする。膨大な数の死人を見たと。自分たちは負けることを知っていた。日米開戦がなければ、この大勢の人たちは死ぬことはなかったと自分を悔いたと吐露する。

    ほかのメンバーたちは、アメリカと戦えば必ず負けることを知っていたのは自分たちだけではなかったと文句を言った。それにあれ以上当時の内閣に対米戦に反対と主張することは省庁や軍に戻ってからの自分の立場が危うくなると口を噤んでしまったのである。

    納得をしない岡田に急かされるようにして、やがて彼らは本気で当時の内閣に対して対米戦を阻止するための計画を立て始めるところで・・舞台は終幕となる。

    気候変動危機、政治の不正、格差の助長への動き・・・、それがよくない動きであることは、自分だって知っているのだ。
    でも動かない。突然何かの行動を起こして、うまくいくとは思えないし周囲から浮き上がってしまうことも怖いのだ。

    歴史オタクで戦争時の政治の動きの真相を知りたいと思って芝居を観に行ったのに、いつの間にか舞台は、そんな私自身に何かを静かに問うてくる芝居になっていた。舞台を見て流したのは、悔し涙だった。

    観客として立ち会ってしまった以上、自分が考え何らかの行動を起こすことを舞台は求めているのだと思う。

    *帰還不能点は、航空用語。

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    2021/03/21 17:24

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