『煙草とguyについて』『どうせなにもみえない』 公演情報 演り人知らズ「『煙草とguyについて』『どうせなにもみえない』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/02/16 (日)

    2作の45分の中編が観れる公演。
    「どうせなにもみえない」は、役者を1人増やしてのリメイクで、前作と重ねてみると、解釈が深まって面白い。
    「煙草とguyについて」は新作だが、コミカルで理屈っぽい出だしから、次第に極めてシニカルで男の身には耳の痛い切り口が満載。ダンサーでもある役者の登用で生まれる… ヤバいシーンのある演出にも面白みがあった。

    ともに、以降の感想をネタバレBOXに。

    ネタバレBOX

    ■■■「どうせなにもみえない」■■■

    子供が大人になる過程で厳然と立ち塞がる "(学校で教わる)あるべき筈だった理想" と "自覚なき差別に侵食される現実社会" とのギャップ。ただ辿れば良いと教わった線(道筋)の外には無数の現実があり、意識せず…悪意なく…数多の意識の中に生まれる境界線が自分の内にも外にも蔓延り…不意に我に返って自らをも傷つける。目を閉じ、暗部を塗り潰した…そのカサブタを剥がしていく物語。

    2019秋ver.二人芝居から1人増しての新演出。キーとなる登場人物が元々3人(たばちゃん、なっちゃん、ゆうちゃん)なので納まりはぐっと良くなった。二人芝居版以来のそもそも2度目の観劇だからかもしれないが、観やすくなった印象はとても強い。

    しかし元々の特徴として、役者は1人の人物に固定されず、3人以外の人物(例えば先生)のみならず… 主要3人の中ですら役をスイッチすることがあった様な気がして… 実態の掴み難さ…不思議な感覚は残っている。しかしそれは難点ではない。

    何となく醸される客観視… 主観や感情から少し距離を置いた微妙なニュアンス。感情に基づくリアルの声というよりは… 詠うような言葉の連なりとリフレイン。

    音楽畑のいちろーさんらしい演出とも解釈できるがでもそれを超えて何か敢えての意味があるのだろうと思索を巡らした。

    当然、先述の特徴は二人芝居の時の方が色濃く、当時 私はたばちゃんとなっちゃんは実は1人…同一人物ではないか…というところまで妄想していた。

    今回、秋版DVDも販売されたので、改めてコレもじっくり見返しました。結果として、役のスイッチを切り離してテキストを聞けば、 この一連の事件で関わりを持つ3人の少女は「別々に存在している」と考えるのが、やはり筋が通るだろうとの見解に立ち戻った。

    ただし、この3人の他にこれを眺める超然とした存在として観察者がいる気がする… この社会を眺める「観察者」が。

    元々、当時の同一人物説は… 今のたばちゃんが居る場所を「格子窓」から独房と連想して、2人で居れる筈がないと思ったところがキッカケでしたが、そもそもあの空間にいる人物そのものが、単純にたばちゃん&なっちゃんと思えない温度を発する時がある。そこら辺が "不思議" の根幹であり、DVDでよく見返すと、シームレスに繋げたかにみえるシーンにも、仄かに役者の温度が変わる瞬間がありました。

    見かけ上、当人の様に見えて… もっと別のモノの空気を纏う時間がある。それを「観察者」と言い表してみました。

    この観察者… 何となくこの年頃の人達、あるいはそれを経て思い悩む人達を一般化した思念の様にも思える。その思念がこの事件を振り返り、俯瞰することで、この想いを特定の事件の特定個人のモノから、若者が抱えるモヤモヤっとした

    共通の苦悩みたいなモノに拡げて感じさせている… そんな機能を果たしている様な気がしています。

    役者が時に主観になったり、時に客観になったり、役を入れ替えてみたりすることで、「個人の特殊な感情」から「若者の意識の集合体」への昇華を促しているとでも言えば良いでしょうか。とりあえず、今はそこを解釈の落しどころとしてみます。


    ■■■「煙草とguyについて」■■■

    タイトルからはチェーホフの「タバコの害について」を想起していましたが、全く異質だったので… 関わりがあったとしても単に言葉遊び的なパロディかな。

    まぁでも実際の内容はズバリ「guyの害について」だった訳で、駄洒落テイストに反して内容は極めてシニカルだ。良い意味で。

    一方、シチュエーションからはイヨネスコの「授業」を連想しますが、決して模倣ではなく、中身にはしっかりとした現代の男女関係への観察や批評性があって、舞台表現としてオリジナリティ溢れる。そして多分に耳が痛い(;^_^A…

    さて本作はセンセー(先生[男])とガクセー(学生[女])の講義とも口論ともハラスメントとも人生相談ともとれる2人芝居。

    ガクセーの口調は何となく幼児性を漂わせ… たどたどしいが理屈っぽいというギャップと、一見 斜め上に飛んでいく論理の飛躍っぷりは面白くて魅力的だ。具体性を伴わずに一気に主張を一般化して語るところに、何か理に叶ってそうだけど全然腑に落ちてこない論調の滑稽味も楽しい。

    センセーもガクセーの語る紅一点の辛さや赤裸々な男女関係を聞き… 困った様にでも穏やかに…でもツッコミ鋭く諭す序盤の姿は非常に円満な師弟関係を思わせた… あくまで序盤は。

    しかし、中盤の換気シーン辺りから急激に様相を変えてくる。

    次第に姿を見せるセンセーのダークサイド。外光を入れるのが売りのAHAアトリエ・ギャラリーに生まれた意外な密室… 社会性から遮断される空間の恐怖。

    「私は今から守られないんですね」というガクセーの呟きが印象的に響いた。

    そこからは怒濤の攻防だ。現実とも話の内容の具現化ともとれるイメージ世界。

    男の乱暴を正面から捉えながらダンス表現で昇華してみせたり、独特な性表現を小道具で実現してみせたり、性器をモチーフにしたパペット劇(?)も斬新だった。

    口論にも男の理屈、男の自己正当化、男の言い訳が様々に表現されるが、女性の脚本であるのに… それを一方的に糾弾するのでなく… 反論しきれず取り込まれそうになる部分も描かれて、それが返って現実社会での彼女の悔しさを滲ませている気もした。

    正直、男の立場としては、そればかりでは無いよとも言い返したくなるが、一方で意識せずとも相手を傷つける危うさと… 感情が表出した時に意図せずとも相手に与える恐怖がある… 自分の内に凶器足りえるモノがあることは自覚せねばならないのだろう。端々にグッと刺される瞬間があった。

    さて… 実のところ、センセーの行為を単にそのまんまセクハラ&パワハラと取るのか、リスクヘッジへの高度な導きと取るのかも… なかなか判断が難しい。最後の「いい線いってるね」は言葉通りの評価なのか、はたまた負け惜しみなのか。

    さて、表現の激しさの一方で、極めて弁の立つ芝居で、ところどころに真剣に汲み取りたいロジックが多々あって… 例えば「社会システムの失敗が文化になる」って言ってたかな…興味深い。惜しむらくは… 嵐の様に通り過ぎてしまって捉えきれなかった。台本で読み返したいなぁ。

    本作は今後のシーズンで女優を変えた再演がある様で、自身による出演で得たものを踏まえて、どう演出を変えてくるのかにも興味が尽きない。

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    2021/01/05 21:27

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