世別レ心中 公演情報 ハコボレ「世別レ心中」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    落語から演劇の中に入るのか、または落語噺の前後に物語を加え、動作を交え演劇として膨らませたのか、いずれにしても「落語」と「演劇」を融合させた作品は面白かった。
    (上演時間50分)

    ネタバレBOX

    舞台セットは、金屏風を背に落語の高座そのもの。まず役者(前田隆成 氏)が下手側に立ち、落語「鰍沢」の説明をする。そして中央の高座で落語「鰍沢」を噺だす。この時点で着物の羽織を脱ぐあたりは落語スタイルの所作を感じさせる。

    落語噺は面白いが、やはり情景ー厳寒、寂寥感という描写が弱く、その状況から主人公の心細さが十分伝わらないところが残念。落語家と比べるのはどうかと思うが、この後に続く芝居の内容からすると、もっと”鰍沢”の雰囲気をしっかり受ける必要があったと思うからである。落語から一人芝居へ転ずるにあたり、着物姿から部分的に毛皮が付いた衣装へ早変わりさせ、観せるという型へ変化させる。同時に座って話すから、舞台上を動き回るという躍動感ある演技で観せる。落語と芝居という噺(話)を連携させ、それぞれのスタイルの違いを巧みに演出し、工夫して観(魅)せるところに好感。

    芝居は落語噺の前段として人間と子狐との触れ合いと悪意なき騙し(結果的にそうなった)を付け加える。落語噺「鰍沢」のサゲは念仏「南無妙法蓮華経」というお題目だったが、芝居におけるサゲは人に関わることだったような…人間からみた狐は獣、逆に狐からみた人間も野蛮な獣というわけで、それぞれから相手を獣(ノケモノ)と見做している。その化かし合いの根底には、人の存在がある。「仏」と「化」は似ているが非(旁も違ったと思う)なるもの。しかし、この公演は、「落語噺」の”生きたい”という気持と、「芝居話」では 九尾の狐 をイメージさせるような子狐が登場し、有限の”生命”に対し、というかその更なる延長のような無限の”不死”という悩ましい結果(サゲ)を用いるところが巧い。なかなか面白い趣向で楽しめた。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2020/12/27 17:09

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