キュート・イズ・ビューティフル 公演情報 ピンクの汗「キュート・イズ・ビューティフル」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2019/12/29 (日) 11:00

    崩壊した家庭が行きついた先に見出した活路。
    それぞれの思いが交錯する再生の物語。

    ネタバレBOX

    急遽休みになったこの日。
    何か面白そうな演劇はないだろうかと探した中で、候補は4本あったのだけれど、散々迷った末に、
    こちらを選ばせていただいた。

    候補の演目はどれもこれも面白そうだったけれど、決め手になったのは、ピンクの汗さんにとっては
    旗揚げ公演だったこと、そして社会人劇団だと言う事。

    私は演劇を作る側に関わったことはないけれど、仕事をしながら、別の何かを運営することがどれだけ
    ハードな事かは容易に想像できる。
    それでもなお劇団を旗揚げしようというその志がまず素敵だなと思ったし、その熱量のこもった演劇を
    感じたいという思いがあった。

    年末のこの時期、旗揚げ公演、演目のタイトル、粗筋などなど。
    引っくるめて想像するに、崩壊した家庭を面白おかしく描いたコメディかなと思っていたのだけれど、
    そんなお気楽なものではなかった。

    主宰である山本鹿さんが前説で語ったとおり、過激な描写もそれなりにあるし、崩壊の途上にある
    家庭環境が描かれる過程で、胸元を抉られるような思いもあった。

    荒れた家庭を象徴するかのように、家庭ごみが散らばったテーブル、そして部屋のあちこち。
    照明の当て方が、また実に素晴らしい。寒色、暖色を状況毎にうまく使い分け、影のつけ方も
    非常に効果的と感じた。

    そして脚本。
    パンフレットにもあるように本作は崩壊した家庭を描いた物語。
    最後には結局「活路を見出す」ことになるのだけれど、それを最後まで描き切らなかったところが
    私はとても良い終わり方だなと思った。

    この家庭はもともとはとても仲が良く、幸せな家庭ではあったのだけれど、その崩壊に至った
    きっかけ、崩壊から再生に至るまでの道筋は、各登場人物ごとに見解が異なっている。

    親にとっての普通は、純粋な子供にとってはインパクトがありすぎ、逆に子供の浅慮は、親の
    想像を超えてしまう。

    親と子、大人と子供、そして、医者とソーシャルワーカー。
    こうした対立の軸、見解の相違。

    それらは、ごく当たり前だし、普通のことではあるのだけれど、溶け込みすぎてしまっている
    普通を浮かび上がらせ、脚本に盛り込んだ巧みさが秀逸。

    話の構成も実にお見事。
    終盤、譲路が自我を取り戻したかのように見えるシーンに代表されるように「あぁ、このあとは
    こうなるんだろうな」という観客の予想を一瞬、見せておきながら、するりと直後に躱しに入る
    あのあたりの匙加減というか、案配が非常に巧み。

    全体を通して見ると、その辺りの匙加減が、リアリティを増幅しているような気がする。
    観ている側としては、譲路に自我を取り戻しては欲しいけれど、実際のところ、自我を失い、
    強迫神経症にまでなってしまった人間が、そんなに簡単に自我を取り戻せるわけがないのである。
    そういう現実を見せつつも、どこかに希望を感じさせる、その見せ方が、私はとても好きだった。

    ここからは、各登場人物目線で、お話を振り返り。

    壇譲路(市川一時間さん)

    何といっても終盤で、伊田嶋に対して「ずっと前から守らなきゃ行けないと思っていた気がする」
    と語るシーン。
    ここですよね~。もう、涙なしでは観られなかった。
    そして、市川さんは声が良い。
    ガッキーと、譲路で声色を使い分けるけれど、譲路になった時の声がね、とても心地よく劇場に
    響くわけです。
    YouTubeでの事前配信も、とてもいい味を出しておられた。
    楽しく拝見させて頂いておりました。

    壇真理(愛美さん)

    私は男だけれど、何だかすごく真理の思いが沁みました。
    貧乏から来る金銭への執着、かつてナンバーワンキャバ嬢だった自分への執着。
    過去にとらわれ過ぎて、変貌してしまった自己嫌悪から来る周囲への疑心暗鬼。
    夢をかなえても幸せになれなかったと語る彼女の言葉は胸を抉りまくった。
    過去は過去でしかないし、大切なのは今、そして、これから先のこと。
    大事なことを教わったような気がしました。
    演じられた愛美さん、最後に外部からの支援をついに受け入れることを決意した
    時のあの穏やかな表情、とても素敵でした。

    壇おとぎ(あさぎりみつはさん)

    なかなかのグレっぷりで、あさぎりさんの演技も鬼気迫るものがあって、結構怖かった。
    でも、これって間違いなく、家族に対する愛情の裏返しなんですよね。
    愛と憎しみは背中合わせとは言うけれど、そんなことを思い出しました。
    フライヤーに書かれている、
    「逃げないでよ。最後までちゃんと戦って。」
    という言葉はおとぎの言葉なんだけれど、美沢と伊田嶋にとってはちょっと心外だったろうな。
    壇家のことを思えばこそ、中途半端な自分たちではなく、もっとしっかりしたプロを
    連れてこようとしたんだろうけれど、おとぎの目には、面倒になったから逃げるように
    しか見えなかったんだろうなぁ。
    これ、双方の思いが分かるだけに、すごく良いシーンだと思った。
    こういう見せ方が、山本さんは巧みだと思う。
    劇場から帰るときに出口で躓いた私を気遣ってくださいました。その節はありがとうございます。
    お恥ずかしいところを、お見せしてしまいました…
    どうぞ良いお年をお過ごしください!

    壇憧羽(山本鹿さん)

    彼もまたおとぎ同様、家庭の再生に尽力するけれど、非常に短絡で浅慮な手段で、
    それを実行する。
    大人たちからすると、あきれてしまう部分もあるんだろうけれど、彼自身が言うように
    「これしか思いつかなかった」のだろうと思う。
    彼の家庭への思いも、並々ならぬものがあったのだと思うと胸を打たれる。
    病室のベッドで彼は言う。
    「病気になるなんてすごい。それだけ生きようとしてるってことなんだから」
    台本がないので(そういえば売ってたんだろうか。今更だけど気づかなかった)、微妙に
    違っているかもしれないけれど、あのセリフは刺さりましたねー。
    あぁ、そういう見方もあるのか、と。
    私にとっては本編中で一番好きなシーン。
    作、演出、出演と、本業もありながら本当に大変だったと思います。
    旗揚げの志、確かに拝見させて頂きました。
    観劇出来て本当に良かったです。

    美沢正平(太野太さん)

    圧倒的存在感。
    これほどの個性を持ったキャラもなかなかいないのでは。私、かなり好きなキャラでした。
    飄々としつつ、彼自身の都合もありつつも、壇家の再生を心から願う一人。
    最後のじゃんけん、おとぎの思いを知った上で、敢えてグーを出した美沢はかっこよかった。
    おとぎには薄情に思えたかもしれないけれど、美沢にとっては、最大限の大人としての
    優しさだったように思う。
    しつこいけれど、こういう描写が本当に巧み。
    演じられた太野さん、美沢を演じるために生まれてきたんじゃないかというほどのはまりっぷり
    でした。

    伊田嶋美心(木村美紅さん)

    伊田嶋は何といっても美沢との絡みが圧倒的に面白く、そして、緊張感がありました。
    医者とソーシャルワーカー。それぞれ問題解決に従事する立場ではあるけれど、そのアプローチは
    対極的。
    プロとしては伊田嶋に圧倒的に分があるけれど、美沢の老獪に丸め込まれて、むしろ
    立場を対等にまで持ち込まれてしまっているところが面白い。
    まぁ、でも、この人も美沢同様、壇家を思う人で、結局、登場人物の全てが壇家の再生を
    望んでいるんですよね。本質的にとてもやさしい物語。
    美沢と対峙するシーンは軒並み、なんとなく、演じておられる木村さんが生き生きしている
    ような気がして、見ていて気持ちが良かったです。

    そんなこんなの旗揚げ公演。
    最初だけに役者の皆さんも、劇団の皆さんも、緊張しているように見受けられたけれど、開場から
    終演まで、皆さんのおもてなしを感じました。

    旗揚げ公演おめでとうございます。
    そしてお疲れさまでした。
    皆様の旗揚げの志を、共有出来て幸せです。
    素晴らしい舞台を本当にありがとうございました。
    次回も楽しみにさせて頂きます!

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    2019/12/30 00:52

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