あの星にとどかない 公演情報 くちびるに硫酸「あの星にとどかない」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2019/11/03 (日) 18:00

    儚くも美しきその世界。
    家公演で彩られた、やわらかな「大人の絵本」

    ネタバレBOX

    観劇のきっかけは劇団名と演目名。
    「くちびるに硫酸」さんの「あの星にとどかない」。

    私、3度の飯の次の次の次の次くらいに、タイトルと人の名前が大好きな人なので、
    自分のストライクゾーンに、そういうのがうまい事入ってくると、もうそれだけで
    アドレナリンを沸騰させられる。

    もちろん、あらすじはチェックした。
    とりあえずガチなホラーでない限りは観られるので、問題なさそう。

    しかも、私にとっては伝説の家公演になっている『金星』のgekidanUさんのプロデュース
    公演ということで、迷うことなく予約させて頂いた(日程だけ迷った)。

    約60分という比較的短い演目ではあるが、かなり濃密。
    一度観ただけでは、正直、整理しきれない部分もあり、ダメ元でネットで台本を探したところ、
    初演版が販売されていたので、それを何度か読み返したところで、この感想を書いている。

    それでも、まだ整理しきれていない部分もあるのだけれど、本作が「絵本」であることを
    思えば、あまり深入りせずに、さっと感じたままに飲み込む方がもしかすると良いのかも
    しれない。

    ただ「絵本」と称しているものの、その内容はかなり重い。
    マコトにせよ、チコにせよ、カオルにせよ、そして、ある意味トコにとっても、残酷な
    現実を突きつけられる。

    初演版の台本を読むと分かるが、実はいくつかのシーンがカットされている。
    とは言え、それで物語が薄くなるということは無く、むしろ、説明的な描写が省かれる
    事で、想像の余地が多くなり、解釈に自由度が増していて、個人的には、再演版の方が
    「絵本」として美しく仕上がっているように思う。

    愛する者が死にゆく運命であると知った時、マコトは自らの心を閉ざし、本来、現実の
    世界で生まれてくるはずであったトコを、幻想の中で生み出す。

    トコの言葉は、かつてのチコの言葉でもある。
    トコを幻想の中で住まわせることで、彼はチコの死から逃れようとしたのかもしれない。

    彼のそうした現実逃避は、トコも言うように、いつかは目を覚まさなくては行けないものだ。
    ずっと、その場にとどまるわけにはいかない。

    けれど、
    「幸せの最期を目にする瞬間、僕は不幸せだ」
    という言葉を聞いてしまうと、彼の逃避を糾弾する気にはとてもなれない。

    一方で、チコの置かれた境遇もまた残酷だ。
    恐らくは緑色の雪の影響で、子供を宿せなくなってしまったチコ。
    セリフから察するに、目に見えない器官のみならず、容姿においても、少なからず緑色の雪の
    影響はあったのだろう。
    突然奪われることになった自分の命。
    マコトに忘れ形見を残そうにも、それすらも叶わない。
    マコトを愛する者としても、一人の女性としても、さぞかし無念であったろう。

    カオルの置かれた立場もまた微妙である。
    緑色の雪が降ることを知っていながら、結果として何も出来なかったその無念。
    個人的には仕方なかったようにも感じるが、当の本人からすれば、そう簡単に
    割り切れるものではないことも理解できる。
    チコの遺骨がロケットで打ち上げられるとき、彼女はどんな思いだったろうか。
    月が滲むのは、乱視のせいだけではなかったような気がする。

    マコトの幻想が産み出した、産まれるはずのなかったトコ。
    チコの分身であったはずのトコは、最後には、本当のトコになる。
    トコが自らの意思で語りかけるマコトへの言葉。
    現世に生を受けることは叶わなかったが、トコにとっては儚くも
    幸せな時間だったのかもしれない。

    二人だけの結婚式。
    チコの最後の望み。
    そして、別れ。

    言うまでもなく、物語の最大の山場。
    目の前に広がる世界は、もう一軒家のリビングではなかった。

    絵に描けるものなら描きたいくらいの美しい情景。
    私は、個々の演劇というものを比較して、ランク付けすることを好まないが、
    これほど美しい場面にはそうそう滅多にはお目にかからない。
    私の脳内に鮮烈なイメージと共に、この場面は刻み込まれている。

    この物語はとにかく美しい。
    線のハッキリした写実的な美しさでもなければ、ボンヤリとした印象派的な美しさでもない。
    強いて言えばその中間になるのだけれど、何となく私の中での世界は、少し霧がかかったような、
    ふんわりとした情景だった。

    ただ、それであるがゆえの不気味さ、冷たさもある。

    過去に観測された人工衛星からの毒物の漏洩は、伝承やおとぎ話として記録されている。
    その表現だけでは事の本質は読み取れない。
    だからこそ、底知れぬ不気味さが、美しいおとぎ話の中に見え隠れする。

    この辺りの見せ方がとても巧みでかつ美しく感じられた。
    一つのキーワードでもあった木苺の香りも、作品にふくよかさを与えていたように思う。

    この儚く、美しい世界を家公演、すなわち、一軒家の広いリビングでそれをどう表現
    するのだろうかと思っていたが、そこはgekidanUさんの本領発揮。
    とにもかくにも照明と、各スペースの使い方が素晴らしかった。

    特にベランダ。
    ここを病室に見立てた舞台美術は本当に素晴らしかった。

    私は専門的なことは全然分からないけれど、照明の繊細さも素晴らしい。
    照明の効果を1ミリたりとも見落としてなるものかと、視界の脳内感度は最大までブーストした。

    非常に繊細な照明の点灯、消灯なので、ぼんやりとみていると、その瞬間を見逃して
    しまうのである。
    それは非常にもったいないので、そこに関してはかなり集中した。

    エンディングでの照明効果は圧巻の一言。
    無数の星が広がり、流れ星が走る演出は、思わず声が出そうになった。
    そして、浮かび上がる勿忘草。
    あぁ、もう無理。号泣。
    思い出すだけで、泣いちゃう。

    一連の照明の演出はgekidanUさんがTwitterで公開されているので、よろしければ、
    ご覧あれ。

    https://twitter.com/gekidanU/status/1191308350014705665

    けれど、役者さん抜きだし、ここだけ見ても…という部分もあるので、実際は、この
    1億万倍くらい素晴らしいんだということを、念押しさせて頂く。
    こういうのは、やっぱり現場で観るのが一番。

    家公演というのは、ものすごい可能性を秘めているなと改めて
    感じた。
    劇場の規模というのは、もちろん、演劇において重要な要素の
    一つではあると思う。

    しかしながら、大きければ良いのか。
    設備が整っていれば良いのかということに関しては、大いに
    考えさせられたような気がする。

    家公演だからこそできること。
    『金星』の時にも感じたが、今回も、改めてその可能性を目の当たりに
    させて頂いた。

    「くちびるに硫酸」さんの世界観をgekidanUさんが見事に形にした、素晴らしい
    公演でした。

    劇団関係者の皆様、そして、役者の皆様。
    素晴らしい公演を本当にありがとうございました。

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    2019/11/05 21:07

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