国粋主義者のための戦争寓話 公演情報 ハツビロコウ「国粋主義者のための戦争寓話」の観たい!クチコミとコメント

  • 期待度♪♪♪♪♪

    鐘下辰男のまたまた初めて目にする演目@ハツビロコウ。刺激的なタイトルながら内容は不明。が、ハツビロ or 鐘下作品には無担保融資OKな私。

    と書いてみてふと考えた(全くの脱線)。
    ・・「結果の見えない」観劇という行為は投資行為に通じるものがある。期待高は勿論、「配当」にでなく、「事業」(芝居)そのものに対してだ。感動という成果を期待してチケット代を払い、時間と交通費をかけて観に行く。
    一方、企業やその事業に対して投資をする者は、その事業の成功を喜びとし、社会貢献を為した事を誇りとするがよい。ゆめゆめ、企業に負担を課す配当金を強要せざるべし(この二十数年は全く逆の状況らしいが)。
    では観劇で「配当」に当たるのは、例えば・・お近づき、だとか。女優や男優への下心、とか。これ観たら胸張れるとか・・。副次的な利得を愉快がってはならないとは思わないが、主たる利益=芝居の感動でありそれへの期待であるべき、という事だろう(あまりウマイ喩えでなかったか)。

    社会のよりよい進展を期待して「資本主義」なる仕組みを現在チョイスしているに過ぎないのだ、と考えてみる。すると投資というものが(手段でしかない)金を具体的な事業の発展に寄与するための貸与でなく、自分が金を得る「目的」に成り下がっているのだしたら、それが当り前だと言うなら、一体何のために資本主義制度をかついでいるのか・・という話。
    義務教育で習った資本主義(=株式会社のしくみ、とか)に照らして、実態はどれだけえげつ無い仕組みなんだと。小学生にこれを教えるのかと(教える訳ないが)。高校あたりで「資本主義は放置すれば暴走し野蛮化するので大きな政府で統制する」いわゆる修正資本主義の時代が今である(だから安心しなさい)、と教わった。
    おかしな事が通っていく。情報のパイプ詰りにより無教養化していくニッポン...。
    観劇という行為が如何にこの惨状への静かなプロテストになっているかを改めて思う今宵であった。
    ハツビロコウには、腐れ資本主義、に限らず「常識」の欺瞞を撃つ舞台を。

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    2019/08/24 00:56

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