満足度★★★★
15歳の少年の短い夏の成長物語である。ただし悪を倒したり地球を救ったりというような派手なことはなく、ひところ流行った自分探しの旅に近い。その描写は現実とファンタジーが混じり合い、何かのメタファーであるようなないような曖昧模糊としたものである。
原作は上下2巻の長編小説であるが、何か高邁な思想とか特別な主義主張が書かれていたりするわけではない。作者のサ-ビス精神がいたるところに発揮された「娯楽小説」である。舞台ではそのうち視覚的に目立つところを取り出し、より強烈なイメージを実現している。その最たるものが巨大なアクリル箱の移動舞台である。その幻想的な姿、見事な動きを見ただけで半分は元を取った気分になることができる。
代わりに、小説では丁寧に書かれている登場人物の行動がかなり割愛されている。とくに下巻におけるナカタさんと星野青年の行動はないに等しい扱いで舞台ではナカタさんは突然甲村図書館に現れ、突然死んでしまう。その中には星野青年がナカタさんの口から出てくる謎の妖怪と戦うところがあって、ビジュアル的には採用されても良いところだが実現するのが困難で効果も薄いと判断されたのだろう。
また原作では家出の原因である父親の呪いの言葉を数回記しているが、舞台では呪いの存在には言及していても内容には触れていない。それに関連するはずの「姉」としてのさくらとの交流も性的なものはカットされている。
そういうわけで、この舞台は原作とはちょっと違った方向を狙っている。原作とは離れて、この舞台では驚き感じたままを受け入れて終わりとするのが賢明ではないかと思われる。もちろん、あの魅力的なナカタさんと星野青年の人物像や珍道中を知りたい人は原作を読めば繰り返し書かれていて楽しめる。