満足度★★★★★
鑑賞日2019/03/16 (土) 14:00
2019.3.16㈯PM 13:00 東京芸術劇場シアターウェスト
麗らかに暖かいお昼の池袋駅の中を通り、東京芸術劇場シアターウェストへと、演劇集団アクト青山の小西優司さんが出演されていた青蛾館『毛皮のマリー~オリジナル~』を観に足を運んだ。
『毛皮のマリー』と言えば、美輪明宏。美輪明宏の『毛皮のマリー』をずっと観たいと思いつつ、チケットもなかなか取れず未だ観れずにいた舞台。寺山修司の筆になるこの舞台、アングラと言われるものに振り分けられるのだが、あけすけな描写や台詞、動きがあり、話自体も平成も終わろうとしている今でも、刺激も衝撃も強い内容ゆえ、俳優や演出の力量が問われる舞台でもある。
力量のない俳優と演出で上演したら、ただ醜悪で悪趣味、下品なだけの舞台になってしまうだろう。
今回、青蛾館が上演する『毛皮のマリー』には、美輪明宏により演じられ続けているオリジナルの寺山修司の戯曲の「オリジナル」版とニューヨークのラ・ママ劇場での公演の際に別のエンディングが書かれた戯曲が発見された「未公開ラ・ママ」版の2つを上演。
私は、「オリジナル」版を観劇。「未公開ラ・ママ」版の美少女役は中村中さんだったので、両方観たかったのだが時間の都合で観られなかったのが悔やまれる。
舞台上に置かれた浴槽に身を沈めるマリー(のぐち和美さん)が、執事(加納幸和さん)に体毛を剃刀で剃ってもらいながら、養子の欣也(安川純平さん)の話をする所からこの舞台は始まる。
贅沢に設(しつら)えた一室に住む中年の男娼「毛皮のマリー」は、産後の肥立ちが悪くて亡くなった、かつての同僚、金城かつ子の息子、美少年の欣也を引き取り共に暮らしている。
欣也はその部屋から出たことがなく、マリーが部屋に放った蝶を捕まえては標本にして暮らしていたが、ある日、上の階に越してきた謎の美少女によって、マリーと欣也の関係がかき乱されて行き、やがて欣也とマリー、それぞれに隠された秘密を欣也が知った時、思いもかけない結末に向かってゆく。
描写や台詞、動き、所作、衣装全てが淫靡で猥雑でありながら、嫌悪感を持たずに惹き込まれて観てしまったのは、そこにどうしようもなく残酷でありながら不器用で、狂おしいまでのマリーの欣也に対する母親の愛というものを感じ取っていたからだと思う。
生い立つに従って、自分の中にいる少女に気づき、身体と心の性が違う事に恐れ惑った時、そんな自分を受け止め少女として接し、優しくしてくれたかつ子が、マリーが美しい少女になって行くことに嫉妬し、マリーが男である事を他の同僚の前で暴き、笑いものにした事で、マリーは金で雇った男に襲わせ、孕み産み落とし絶命したかつ子の息子欣也を最初は復讐のために引き取ったにしろ、産まれたばかりの頃から自分を母と呼ぶようにしつけ、母として振舞っているうちに、母性が目覚めて行ったのではなかったか。
そしてその母性は、欣也の出生に関わる秘密と自分が生みの母にした仕打ちを知られたくない、欣也を失いたくないあまり、欣也を部屋から外に出さず、世にある醜いもの、醜い事から隔離し、羽根をもがれて飛べない蝶のような、時を止め、標本にされた蝶さながら欣也の成長を止め、永遠に美しい少年のまま留めようとするマリーの心情が、18歳の欣也に子供のような半ズボンを履かせたのではないだろうか。
自分の出生の秘密を知り、マリーの元を出で行ったもののマリーの『欣也!帰ってらっしゃい』という、叫びに手繰り寄せられるように戻って来た欣也を世の醜いものから守る為に、ドレスを着せ、カツラをかぶせ、口紅を塗り、少女にして部屋から、そしてマリーという、母という檻もしくは胎内にも似た繭のように閉じ込める事で、欣也を護ろうとしたそれは歪み過激ではあるがマリーの母としての愛だったのではないだろうか。
美少女(日出郎さん)の出現により、マリーとマリーの世界を屈託もなく信じていた欣也は、揺さぶられこの世界が壊される事をおそれたのではないだろうか。出生の秘密を知り、母に憎まれているのではないかと思い、心と神経が乱された時、美少女にキスされそうになったり、身体に触れられ、無意識下に育まれて行った欣也の中の「大人になりたくない」という、ピーターパンのような大人になる事への恐れ、大人になる事によって、世の中の醜いことを知らなければならない戦(おのの)きから、美少女の首を絞め、我を失くし、美少女からもマリーからも、自分に絡みつき縛るものから解き放たれたくて外へ出てみたものの、そこは欣也を受け入れる世界ではなく、汚い言葉や嘲り、無垢で無知な心を傷つける場所だったのではないだろうか。
だからこそ、マリーの呼ぶ声に、蜘蛛の糸に絡め取られ引き寄せられるかのように戻り、マリーのされるがまま少女の姿をさせられ、自らもまたそれを受け入れたのではなかったろうか。
内容が内容なだけにかなり濃厚な艶っぽさはあり、好悪が分かれる舞台だと思うが、私は嫌悪感なく 毛皮のマリー の世界に見入って、好きだ。
美少女役の日出郎さんが、時に可愛く、時に綺麗で、時に毒を孕んでいてとても素敵だった。
寺山修司独特の耽美な猥雑さと暗い水底に潜むような毒を孕み媚薬のような、アンセリウムの危ない香りのような世界に彩られた舞台だった。
文:麻美 雪