愛犬ポリーの死、そして家族の話 公演情報 月刊「根本宗子」「愛犬ポリーの死、そして家族の話」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

     作・演出の根本宗子さんはWEB媒体のインタビューで
    「この舞台は家族をメインに書いた話」と答えていた。
    対して私は「主人公・花の初恋と成長の物語」だと強く感じた。
     
     主人公は22歳の森花(藤松祥子)。髪はボサボサで、赤ベースで
    犬の形のイラストが散りばめられたワンピースを着ている。
    凄く幼く見えて、とても22歳とは思えない。
    このお芝居は、彼女から見えた現実がメインに展開。
    そして要所に彼女の頭の中での妄想が繰り広げられる。
     
     物語は花の22歳の誕生日からスタートする。花の誕生日には
    家族が花とその3人の姉の実家に集まり、彼女にプレゼントを
    贈るというのが例年の慣わし。姉たちは既婚者で、それぞれ
    家庭を持ち、いつもは花しか実家には住んでいない。
    だが、いつも彼女はプレゼントを快く受け取らない。
    家族の誰一人として、花は心を開いていない。
    彼女は、ポリー(村杉蝉之介)というオス犬を飼っていて溺愛している。
    ポリーにだけは、自分の本心を打ち明ける。ポリーも人間の言葉が
    分かるようで、ワンワンとしか吠えないが、花の耳打ちに
    笑ったりする。犬の着ぐるみを着た村杉さんの仕草の一つ一つが
    チャーミングで、冒頭の見せ場の一つ。
    何と誕生日に溺愛するポニーが突然死んでしまう。愛情が深かった
    だけに、酷く動揺する花。
     
     そこに、軽快な音楽が流れ始める。根本さんと、小春さん
    (チャラン・ポ・ランタン)の合作「花が大人になるまでの歌」だ。
    軽妙なリズムと歌詞に合わせて、登場人物たちが、花のこれまでを
    説明する。幼い頃、3人の姉たちに遊び道具のように扱われていた事。
    小学校低学年の時、母は他の男と駆け落ちし、そのせいで父は酒に
    溺れ死んでしまった事。それらのせいで、感情が出せなくなって
    しまった事。姉妹4人とも水商売をする祖母に
    引き取られ、そこでポリーに出会った事。やがて祖母が死に、
    ポリーが拾ってきた本に夢中になった事。その本の作者は
    鳥居柊一郎という名前だという事。それ以来、花の生活は
    ポリーと鳥居の本に支配されるようになった事・・・。
     登場人物たちがコミカルに歌いながら演技する演出は、
    とても面白かった。根本さんの新しい演出へのチャレンジは
    従来の根本作品には無かったようなユーモラスな面を増すという
    意味で良い効果を生み出していたように思った。
     
     四姉妹の長女・35歳の森杏花(瑛蓮)。黄緑の服に青のストッキング。
    恋愛結婚し、2児の子供をもうけ、専業主婦。
    一見幸せそうに見えるのだが、問題を抱えていた。それは
    旦那の俊彦(用松亮)の存在だ。彼は酷い程の男尊女卑の考えの
    持ち主。家事と子育ては女の仕事と決め付け、全く自分は
    手伝わない。杏花と俊彦は事ある毎に、口喧嘩をしていた。
    その度に「お前は金を稼いでいるのか」「金を稼ぐ者が偉い」と
    大声で叫び、杏花を黙らせる。
     次女の森窓花(小野川晶)も訳ありだ。紫の衣装に黒いストッキング。
    姉の失敗を教訓として
    お見合いで結婚相手を見つけた。相手は、タワーマンションに
    住むエリートサラリーマンの裕也(岩瀬亮)だ。彼もまた
    俊彦と違った意味でとんでもない男だった。
    超がつくほどのマザコンで、年いった母親の負担を減らすため、
    その代役を探していた。彼に引っかかったのが窓花だった。
    子供のように裕也の歯を磨くだけでなく、性処理まで
    母にやってもらっていたと知り、離婚を決意。
    それを杏花に打ち明けるが、離婚に猛反対される。
    「イザという時に男がいれば頼れる」というのが杏花の理由だ。
    姉の反対にあい、渋々仮面夫婦を続けている。
     三女の森優花(根本宗子)は、水色の衣装、黄色のストッキング。
    子供の頃事故に遭い、片足が不自由。事故の賠償金でお金には
    困らないが、それに頼らず自立したいと思い働いている。
    仕事は続けたいけど、足が不自由なので結婚したら家事が
    負担になるし、子育ては更に重荷になる。だから、家事を
    やってくれて子供は欲しくない男と結ばれたいと考えていた。
    役者志望で家事が苦にならず、子供を欲しがらない、
    ぴったりな条件の持ち主・真一(田村健太郎)と熱烈な恋愛の末、
    結婚。優花だけは幸せになれるかと思いきや、真一は
    大の仕事嫌いで、バイトは長く続かない。子供も嫌い。
    子役時代のトラウマを引きずっていて、それをこじらせて
    被害妄想が強い。極めつけが、極度の浮気性だ。
    浮気の証拠を突きつけられても、被害妄想で屁理屈をこねて、
    自分の罪を決して認めない。根本作品を見続けている者として
    理論派で口も達者だけど、言ってる事はハチャメチャな
    いつもの安定した田村さん感爆発な役柄。
     3姉妹とも結婚に失敗している。文字に起こすと、
    どれも笑えない重い話だが、そこは根本さん、笑える要素をふんだんに
    盛り込んで、お客の爆笑を誘って、重たさを感じさせない。
    パンフレットで、各キャラクターは、「自分の家ではそれが
    当たり前だと思っている」「どっちに正義があるか分からない。
    誰もが正しくない」ように、この作品を書いたという。
    確かに、一方的にこいつ、この家が悪いという事は
    描かれていない。常識人がいて、歪な人物を一方的に
    非難する事は全くない。逆にそれが、各登場人物の闇の深さを
    あぶり出しているように思った。

     なぜ、花は家族からの誕生日プレゼントを素直に受け取らないのか?
    家族を信頼していないのか?幼少の頃の姉たちの仕打ちだけが
    理由ではなく、姉の旦那たちの本性を知り尽くしているから。
    理不尽でおかしな旦那たちに為す術なく翻弄されている姉たちに
    呆れていて、哀れんでいるからでもあるのだ。
     誕生会で集まった旦那たちの下品な
    会話がポリーを死に追いやったのだと、花は思い込んだ。ポリーの
    死に直面したときの涙目、旦那たちを睨みつけた目、藤松さんの目力の
    並々ならぬ強さがとても印象に残った。
     ところで四姉妹の衣装、アイドルっぽい要素があり、根本さんの
    拘りが感じられる。もちろん、センターの赤は花。

     最愛のポリーの死に直面し絶望していた花に、運命の悪戯が
    待ち受けていた。何と大好きだった鳥居柊一郎(村杉蝉之介)から
    ツイッターでDMを受け取ったのだ。エゴサーチして
    自分の事を呟いていた花に興味を持ったという。そして花に会いたいと。
    そして次の瞬間(といっても誕生会から数日後という設定だが)、
    鳥居が花の家にやってきた。緊張し過ぎて変な動きを連発してしまう花。
    この時の花の動きがとてもコミカルで笑ってしまった。
    そして、花にとって夢のような日は1日だけでは終わらず、また
    次の日も鳥居は花の家を訪ねてくる。
    作家の特性として、人の話を聞く事が好きだったが、それが
    億劫だと思ってきた時に、花の、鳥居と犬の事しか触れない
    奇妙なツイートを発見し、花に会って話を聞いてみたいと思ったと言う。
    花の感情は初日よりエスカレートし、ますます奇妙な言動に拍車が
    かかる。身体をくねくねくねらせたり、つま先立ちで移動したり、
    変な口調でしゃべってみたり等等。
    感情を爆発させる花に対して、鳥居は常に冷静。親子ほど
    年の離れた花に常に敬語で接している。常に子供っぽい旦那たちと
    正反対で、非常に大人っぽい鳥居の対比が面白い。
    花は姉たちと
    その旦那たちとの話を鳥居にしゃべる。鳥居はますます花の話に
    耳を傾ける。鳥居に「君は素直だ。何でも言ってしまう。良い意味
    ですよ」と褒められた時、花は嬉しさのあまり、思いがけず変ちくりんな
    動作をしてしまう。その変わったリアクションを鳥居に突っ込まれて
    またまた変てこな言動をとってしまう。
     逆に、数日間、鳥居と会えず、全く連絡がなかった時は、酷く落ち込んだり、
    夜中でも連絡はまだかまだかと執拗な程に何度もスマホを覗きこんだりする。
    この時、パジャマに着替えたりしたのだが、ほぼ台詞なしで、最小限の
    アコーディオンの音のみ。そこで彼女は
    パントマイムのような動きを演じた。下手な言葉よりも
    花の感情が彼女の所作によりストレートに伝わってくる良い演出だった。
    根本さんの新しい演出へのチャレンジ意欲が強く伝わってきた場面だ。
     私の脳内では、この台詞なしのシーンに、ある曲が流れていた。
    それは、宇多田ヒカルさんの「初恋」。
    「うるさいほどに高鳴る胸」(「初恋」より抜粋)の花。
    「勝手に」動き出した花の「足」。
    たった数日会わないだけで「傷つくようなヤワな」花。
    鳥居を「追わずにいられるわけがな」い花。
     数日後、再び花の家を訪れた鳥居は、花との一線を越える。
    真摯な顔をしていても、実はロリコンスケベ親父か!
    おまけに、鳥居には奥さんがいた。ほとんどしゃべらないが
    鳥居の話をよく聞いてくれる妻だと彼は語る。
    つまり不倫やんけ!浮かれている真っ最中の花を鈍器で殴るような話を
    ぶち込んでくるのが、綺麗事だけでは済ませない根本作品の真髄。
    鳥居との初めて一線を越える時に、自分の部屋のぬいぐるみたちを
    片付けてしまうのがとても象徴的に思えた。
    好きゆえなのか、鳥居に妻がいるという事実を受け入れる。

     で、ここまでで約1時間。その間、藤松さんは、ほとんど出ずっぱり。
    舞台を縦横無尽に動き回るは、泣いたり怒ったり喜んだりして
    心情の起伏は激しいはで、凄く大変だったはず。それをわずかな稽古
    期間で、こんな難しい役をこなしている藤松さんの半端ない実力を感じた。

     ここから花は劇的に変わる。鳥居の発した言葉にどう応えたら良いのか
    分からず不安になり、あれほど軽蔑し、哀れみの眼差しを送っていた
    姉たちに、相談を持ちかけた。自分が年の離れた男と付き合っている事は
    隠しながら。やがて花は、姉たちにほんの僅かながら心を
    開いていくようになる。つまり、花は、大人の階段を一歩登ったのだ。
    過去の根本作品なら、とんでもない事件が起こり、急に無理やりに
    大人にならなければいけない登場人物は描かれていた。
    この作品はそれとは違う、他人の気持ちも理解できるように
    成長していく姿を、観客に感情移入しやすいように描いているように思う。
    これも根本演出の新しい境地のように感じた。
    その演出に、藤松さんも見事に応えていた。
     杏花に「なぜ、夫婦に拘るのか」と優しく問う花。「男に寄りかかりたかった」
    「お父さんが(まだ生きて)いたら、早くに結婚なんてしていなかった」と
    杏花の本音を引き出す。姉の意見を否定せず、肯定もせず黙って受け入れる花の
    姿が目に焼きついた。「正しいのかなんて本当は誰も知らない」(「初恋」より)。
     鳥居との交際が順調に進む花は、ポリーが生きていた時とは別人のようだ。
    もう鳥居と会っても緊張はせず、和気藹々。変ちくりんな言動もしなくなった。
    鳥居と一緒にジョギングを始める。
    黒いジョギングスーツを着た彼女は、姉たちの想像以上に背が高く、
    スタイルも良い。姉たちも全く花の事を見ていなかった訳だが、そんな彼女たちでも
    花の変化に徐々に気付いていく。

     ところが思いもかけない事件が起こる。何と鳥居と優花が肉体関係を持って
    しまったのだ。それだけに留まらない。その不義の代償として、
    優花は両足が不自由になり
    車椅子生活を余儀なくされた。この件で、鳥居を含め花の実家で緊急家族会議が
    行われた。もちろん花も同席していた。
    花の話を聞いて、身体が不自由な女と寝てみたいという衝動にかられた鳥居と、
    浮気性の真一に意趣返しをして精神を安定させたいという歪んだ思いがあった
    優花との、両者の利害が一致したゆえの一夜限りの関係だった。
    だが運命は過酷にも優花だけに罰を与えた。
    車椅子生活になり泣き叫ぶ優花。この際不倫の事は脇に置き、優花をかばい
    鳥居を激しくののしる真一。それに同調する姉たちとその旦那たち。
    ただ一人沈黙を守る花。
    車椅子で泣きわめく優花を見て、同じ車椅子で行き付けのスーパーに
    文句を言う、同じく根本さんが演じていた「長谷川未来(みく)」を
    思い出した。「今、出来る、精一杯。」(月刊「根本宗子」再び第7号)の
    セルフパロディなのか?と一瞬考え込んでしまった。実際に、ご自身も
    長く車椅子体験をされていただけあって、車椅子の扱いは慣れていると、
    お芝居に関係のないところをついつい見てしまった。
    修羅場なのに、いつもの冷静な口調を崩さない鳥居の姿が際立つ。
    だが、罪を償うから娘のために事を荒立たせたくないと
    土下座して謝罪する鳥居。はじめて感情的に声を張り上げた。
    季節は変わり、皆、秋・冬ものの衣装を着ているのに、
    花だけ最初の衣装のワンピースを着ていた。
    終始無言だが、表情は非常に悲しそうだった。
     家族会議が終わり、鳥居と二人きりになった花。
    鳥居が他の女とイイ関係になった事に嫉妬した事、それよりも
    鳥居に娘がいた事を始めて知りその方がショックが大きかった事、
    娘のために常に冷静な鳥居が感情的になり土下座した事に凄く驚いた事、
    それでも鳥居にはここから帰って欲しくない事を
    大声になりそうで押さえ、涙が流れそうでこらえ、感情を必死で
    押さえ込もうとして伝える花。この藤松さんの絶妙の演技、
    見ていてグッと引き込まれる。されど、鳥居は去っていってしまう。
    もし、出会って間もない頃に、こんな事件が起きたとしたら
    花は動転して、当初よりももっと変てこで滅茶苦茶な言動をしていた
    だろうと容易に想像が出来た。花の成長を演じた藤松さんも
    凄いし、それを演出した根本さんにも脱帽。
     
     ラストシーンは、何の説明もないが、おそらく花の脳内の出来事。
    鳥居に思いを伝えるべく、花が彼の家を訪れている。
    それを優しく暖かく見守り励ます姉たちやその旦那たち。
    優花は車椅子無しでちゃんと両足で立っている。
    花は時折少し寂しそう、悲しそうな表情を浮かべる瞬間は
    あるものの、いたって冷静で穏やか。
    花は家族相手に、鳥居に言うべき事を予行演習している。
    「男の人といると安心する」という姉たちの気持ちを理解できた事、
    理想の父親像を鳥居に求めていた事、そしてこれからも
    鳥居と付き合いたい事を吐露する。
    またまた宇多田さんの「初恋」の歌詞を思い出した。
    I love you じゃなく「I need you」であることに
    やっと腑が落ちる。

    「森家四姉妹、全員、ファザコンっていうオチかい!?」と
    心の中で叫びそうになったが、
    最後、花がもう一度最初のワンピース姿に戻った意味を
    考えた。外見は変わらなくても、中身は全く変わった事を
    強調するために、戻ったのではないか。
    一人の登場人物の心の成長を、見ている者が時に
    恥ずかしくなるほど躍動的に、そして、初恋が儚く散った
    経験を持つ誰もが時に息苦しくなるほどに切なく描ききった
    根本さんの演出は秀麗だ。
     それに見事に応えた藤松さん。今作といい、
    前作の「紛れもなく、私が真ん中の日」といい、
    今後の成長が楽しみな役者さんだと感じざるを得なかった。

    (終わり)

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    2019/03/02 18:16

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