満足度★★★★
鑑賞日2019/01/22 (火) 20:00
座席1階1列
私も新宿公社版を観て、その時にはうまく3つの作品をアレンジしてものだと感心した口だ。先日はmetroの「陰獣」を観て、「陰獣」と「化人幻戯」のアレンジも面白く、乱歩世界を表現したいるなと思った口でもある。
さて、そして今回の「ショウジョジゴク」こちらも、原作の3作品をアレンジしながら、「ドグラマグラ」をオブラートにしたような作品になっている。ただし、新宿公社に比べると、そのアレンジは要素的というか、寄木細工のような細かさで、主たる物語が一瞬で交代するので、話を追うことに結構神経を使う。
「ドグラマグラ」からの引用も、九州帝国大学医学部精神病科へ向かうバスや、「キチガイ地獄外道祭文」のバス運転手による独唱など、作品の世界観を支える仕立てとしてはよくできているが、冒頭の「胎児の夢」の話はよく判らない。(「火星の女」の妊娠話に繋がるのかな)
面白いといえば、面白い。だが、ここに至って、1つの疑問が生じた。
そもそも、舞台を鑑賞するのに予備知識は必要なのか?
絵画を鑑賞するのに、その時代背景を知らなくてはならないのか、音楽を鑑賞するのに音符が読めなけらばならないのか、小説を鑑賞するのに、作家の人生を知らなければならないのか。
知っていた方が、一層楽しめるということは間違いない。
ただ、知らなければ鑑賞できないということでよいのか。
metro「陰獣」でも、「陰獣」と「化人劇戯」という作品の予備知識がなければ、1人2役をやっていた探偵役が双方の世界を行き来することに理解ができなかったろう。
今回の「ショウジョジゴク」においても、3つの作品を知っているから、薄皮をはぐように、それぞれの作品のエッセンスを舞台上に見て取れるのであって、これ予備知識がない人にとっては、どう映ったのだろう。
「何でも無い」「殺人リレー」などは、まだ骨格が見えるものの「火星の女」についてはとんと判らないのではないだろうか。「ドグラマグラ」のエッセンスいたっては気づかれないどうし。
「観てきた」の感想では、皆さんこの手の文学には造詣がある方ばかりなので、できれば夢野久作に興味がなく、日本のラジオが好きとか、友達に連れてこられたとか、そんな真っ新な方の感想も読んでみたいと思った次第。
でも、夢野久作好きとしては、この試みは十分に評価したいと思います。