METEORITE 公演情報 Emergency×Emergency「METEORITE」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/03/04 (土) 14:00

     綻び始めた桜の蕾が寒さに微かに震える土曜日の昼下がり、八幡山ワーサルシアターに、劇団おぼんろの末原拓馬さんとわかばやしめぐみさんの出演していたEmergency×Emergency vol.1『METEORITE』を観に行って来ました。

     いつも、劇団おぼんろや末原拓馬さんの『ひとりじゃできねぇもん』でお会いする方たちで、初日にも見た方たちにお話を聞いたところ、「今回の舞台は説明するのが難しい」「ブログに感想書くの難しい」と皆さん挙って仰っていた。

     通い慣れた八幡山ワーサルシアターの扉を開け、足を踏み入れたい目の前に広がっっていたのは、真ん中をヴァージンロードか、天の河かと思わせる一筋の道、その両側に対面式に客席があり、相対するように天井からぶら下げられた白いブランコ。

     首を右に巡らせると、細く、人ひとりとチェロがやっと置けると小さな1段高い小さなステージがあり、その上で、チェリストヨース毛さんのチェロの生演奏に乗り、舞台の幕が開けて行く。

     観始めて、皆さんの言っていた「説明するのが難しい」という意味を知る。

     それは、ストーリーがあるようで無く、無いようで有り、更には末原拓馬さんの世界感はしっかり有るのに、劇団おぼんろとも『ひとりじゃできねぇもん』とも全く違う世界、今まで末原拓馬さんが描いて来たのとは、違う世界が目の前に広がり、巻き込まれ、この身が放り出され、今まで見たことの無い世界に佇み、浮遊しているそんな感覚を抱いた舞台だから。

     1月にこの場所で観た、末原拓馬さん作・演出のOuBaiTo-Riの『グレートフル・グレープフルーツ』の時も、これまでとは違う末原拓馬さんの世界を目の当たりにして凄いと思ったけれど、今回の『METEORITE』は、『グレートフル・グレープフルーツ』とはまた違う、これまでとは違う観たことの無い、末原拓馬さんの世界であり、凄いものを観てしまったという舞台になっていた。

     『METEORITE』=メテオライトとは隕石のこと。この舞台がなぜ『METEORITE』というタイトルなのか、舞台を観終わった後に解る。

     隕石が、その身に宿し産み落としたのが地球。

     隕石が、地球に衝突すれば、地球を滅ぼす。

     封印された記憶、瓶に閉じ込められ溶かされ、解放されないまま宙にぷかぷかと漂い続ける言葉と言葉に込められた想いと願い。

     ひとりの青年に、纏い付き、追い掛けてくる宙に漂い続ける瓶。その瓶から開放され、謎を解く為に突如目の前に現れたお化けに仮死状態にされ、迷い込み、佇んでいたのは、夢か現か、はたまたその境界線の世界か。

     その間(あわい)の見せる宇宙に繰り広げられた、記憶の走馬燈。それは、母である隕石と母である隕石に産み落とされ、子の地球を傷つけ滅ぼさない為に、子から離れた母なる隕石と子である地球の記憶の底に眠らせた記憶を呼び覚まし、青年は自分が何者だったかを思い出す。

     それは、計り知れぬ痛みを伴う事であり、母なる隕石に巡り会った最後に待ち受ける切なくも優しく哀しく、仄かに温かな結末へと収束してゆく。

     そばに居て、抱きしめたいのに、隕石である自分が近づき過ぎれば、それは、やがて地球への衝突する事は避けられず、衝突すれば子の地球は滅びてしまう。

     冒頭から幾度となく繰り返される『私の願いは、私の願いが叶わないこと』という歌の一節に、母隕石の哀しい覚悟と子を思う気持ちを感じ胸が切なく軋む。

     子のそばに居たい、可愛いわが子をギュッと抱きしめてもあげたい、けれど、そばに居ることは出来ない。抱きしめるとは、即ち子である地球に衝突し滅ぼすことである。だから、私の願いが叶わないようにと願わずにはいられない哀しく切ない母の思い。

     その思いはまた、子の地球も同じこと。滅びても、そばに居て欲しい、抱きしめて欲しいと思いつつも、それはまた、母である隕石を滅ぼす事にも繋がる。

     それはまるで、「ハリネズミのジレンマ」。愛しているのに抱きしめたいのに、相手を抱きしめれば、自らの身に纏う針で相手を傷つけてしまう。だから、互いを傷つけない距離で相手を見守るしかない。

     この舞台を観て、そんな事が頭を過ぎり続けていた。

     とは言え、これは私が観た私個人のおもいであり、感じたこと故、末原拓馬さんが思って紡いだ事ともしかしたら違うかも知れない。

     それほど、この舞台を語るのは難しい。けれど、ひとつだけ言えることが有るとすれば、この舞台に関わった人々と役者たちで拓馬さんが書き、紡いでみたかったのは、こういう舞台だったのだなと言うことと、この出演者だからこそ、いや、この出演者でなければこの舞台は出来得なかったということ。

     観終わってすぐ、感じた事を書きたいという衝動と、どう伝えたら伝わるのか、書くのが難しいという逡巡の板挟みになるほどに素晴らしい舞台だった。

                     文:麻美 雪

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    2017/03/07 12:06

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