『ロデオ★座★ヘヴン』 公演情報 ロデオ★座★ヘヴン「『ロデオ★座★ヘヴン』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    異なる作家の3短編上演
    ロデオの二俳優を中心に、三作品それぞれ異なる作・演出とキャスティングで磨きをかけてのご機嫌窺い。三作いずれも風味が異なり、文学の薫り高き「私家版・罪と罰」(柳井祥緒作演出)を挟んで、オープニング「four face eight」(ひがしじゅんじ)はヒューマン・コメディ、トリを飾る「キミがお金を食べるなら」(成島秀和)はファンタジック・ラヴ・ストーリー。
    軽快さとスピード感、美しき心を旨とする両者に対し、「罪と罰」は人間探究の姿勢ゆえ「醜き心」をあぶり出す。断然後者が好みである。
    「four」は、後に登場する「兄」をカッコに括り、それ以外の者がドタバタを演じる。10年以上会っていない兄に自分の変貌ぶりを見せたくない、という弟の主観が周囲の人間(たまたま出会ったその場所でバイトをしていた三人)を振り回すが、最後の兄とのやり取りでは二人がそこで会う事になった本当の理由も判明する。
    ただ私としては、そこで感動が作られるのは兄が多くを語らず、また去って行く兄を弟は追わず、「次はない」という事になっている(=「別離」に等しい)からである。兄の事情、兄の生の現場に、弟は踏み込まないと決めた。二人の間に出来てしまった絶対的な距離が、そこで問題にされているなら、それなりの深み、感動というものがあったろうが、兄は去り、弟の杞憂が判ってホッとした(それとて重要な事だが、弟のちっぽけな主観以上の問題が兄に降りかかっているのにそこには干渉しない)、という展開はちょっとすっきりしない。(注文を付けすぎかもしれないが)
    「お金を食べる」も大きな声でスピード感と動きのあるタイプの芝居だったが、それなりにしっとりと「感動」を残したのは女優の佇まいが、同じものを指す言葉でも「欲求」「わがまま」といったネガティヴな概念を、「純粋な願い」「夢」「切望」といった「良い感じの概念」に置き換えさせる容姿を備えているから、である。女がその男に惹かれた理由、・・女自身の生きた背景がそこに影を落としているはずだが、そこは見えない。解釈の幅は広く、観客に委ねている格好だ。私は、つい悪い方、卑小な方に見てしまう。

    劇団の形態がユニークで、確か今回3度目の観劇。成り立ちを今回ようやく理解した所。作・演出・キャスティングに磨きをかけた次回作に期待。

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    2016/11/02 02:20

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