東京ノート 公演情報 ミクニヤナイハラプロジェクト「東京ノート」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    東京そして人間を見下ろす
     岸田國士戯曲賞受賞作である平田オリザ作『東京ノート』(1994年初演)は、青年団などの上演で私はこれまでに複数バージョンを観たことがあります。物語の舞台がソウルだったり、日中韓3ヶ国語上演だったり、広い劇場ロビーでの上演だったり。東京デスロック版では俳優が観客の中に居る状態での上演でした。

     ミクニヤナイハラプロジェクトの演劇作品はたぶん過去に2作ほど拝見していて、俳優が早口で怒鳴るためにセリフが聴こえづらいことが、私にとってはストレスでした。でも今作は予想していたより遥かにセリフが聞きやすく、演出家の矢内原美邦さんが『東京ノート』を通じて示す今の東京、および人間社会を味わうことができたように思います。言葉の意味と激しく動く肉体、強烈な音響、視覚効果が相まった、独特のステージでした。

     出演者は21人と大人数ですが、パっと見ただけでも違いがはっきりしていて、それぞれに違う人間であることが認識できるほど個性的でした。なのに作品全体の印象は全く異なり、彼らはすっかり没個性化され、人間の集団、生命の集合体といった風に十把一絡げに扱われます。変化のスピードがとても早く、客席にいる観客も物語の当事者も、おそらく追いつけないし、その姿を把握できない。でもその渦中にいる…。それが現代の東京なのだと体感しました。

     ロビーの物販コーナーでは過去作品のDVDが充実しており、原作の文庫本(700円)も購入できました。ロビーで写真展も開催されていたようですが見つけられず。上演時間は約1時間15分と短めでしたが、舞台で起こる現象にあてられて、終演後はボーっとしていたかもしれません。

    ネタバレBOX

     ほぼ何もないと言っていい空間で、白い床には動画が映写されます。俳優は白い長ズボンを履いており、上半身は色違いのシャツで、役割によってシャツを着替え、複数役を演じます。1役を複数人で演じたり、女性役を男性が演じたりして、俳優の交換可能性が明快でした。天井から四角い枠が3つ降りてきたり、赤く丸い映像(証明も?)が天井から舞台と人々を照らしたり、高度な技術があってこそ成立する緻密な演出効果に目を見張ります。無機的でシャープな美しさがあるものと、有機的でちょっと泥臭い人間存在との組み合わせから、様々な想像ができました。

     『東京ノート』の世界ではヨーロッパで大きな戦争が起こっていて、絵画がアジアに避難してきています。舞台となる美術館のロビーでは反戦運動を行う人、志願兵としてヨーロッパに向かう若者、軍需景気に沸く会社員たちがすれ違います。美術館のロビーで静かに語られる遠くの戦争が、今作では前面に、直接的に表れていました。個人的に、日本が戦争に近づいている実感があるため、掛け声のように機械的なセリフ回しや、足取りを合わせて同じ方向に進む群舞から、運動会、軍隊を連想しました。福島、ブリュッセルという地名は原作にあるもので、新しく追加されたわけではありません。東京電力福島第一原発事故や、ベルギー連続爆破テロを予言しているかのようです。

     俳優は先述のとおり皆、個別の魅力のある方々だったと思います。課されたタスクの膨大さ、難易度の高さは想像もつきません。稽古どおり、ルールどおりに全員で動くためには、俳優同士が慎重にコミュニケートし続ける必要があるでしょう。ただ、密な交流はあくまでもステージ上に収まっており、客席へは向いておらず、何かを伝えようとするエネルギーは感じ取れませんでした。お芝居が好きな私には少々退屈でしたが、高密度のインスタレーションだと思えば不満はありません。

     数年前に肉体関係があった女子大生(稲継美保)と元家庭教師(沼田星麻)の場面が特に面白かったです。私が今までに観た『東京ノート』とは異なる解釈が示されたようで、女子大生の怒りの表出のさせ方が直接的で、スカッとしました。誇張された動きは滑稽でもあるし、ちぐはぐなところに悲哀も感じました。

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    2016/05/19 16:51

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