楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~ 公演情報 燐光群アトリエの会「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★

    女優という生き物は・・・
    悲しくも羨ましくもある生き物なんだな、と感じる。
    ここで描かれる物語が女優の全てではないことは重々承知の上なのだが、それでも一つのもの悲しさを感じた。

    ネタバレBOX

    清水邦夫の戯曲の中でも名作と名高く、女優であれば誰もがその物語を欲する「楽屋」。
    しかしながら数多ある上演団体の中でも、中々これといった上演に巡り合えないのは、それだけ俳優に繊細な作業が求められるからではないだろうか。
    女優であることを諦めきれず、死してなお、この役は自分がいつか、と夢見る悲しい女達。既に役柄の年齢を大きく過ぎてしまってなお、この役柄は自分のものであると自らを奮い立たせる女、役を降ろされてしまってなお、この役は自分のものであると引けない女。
    きっとこういった感覚は女優に限らないのだろう。諦めきれない、第一線で動くことのできない自分と向き合えない、認められない。それでも、それをどこかでわかった上で日々を繰り返す。

    今回の楽屋はそのもの悲しさへフォーカスが当たっていたように思う。だが一点口惜しさを感じたのは、梅が丘BOXという空間の中での誇張された演技である。
    芝居の中で、女優としての衝動を抑えきれずに役柄のセリフを朗々と口に出していくそのエネルギーは必要だったように思うが、それでもそことの落差、一人ひとりの持つ葛藤などはどうしても誇張された演技がフィルターをかけてしまっているように思う。もちろん好みの問題でもあり、観客それぞれの感想は違うだろう。それでも、その空間に適した大きさでの演技を欲するし、俳優個々の持つ繊細さを観たくなってしまう。小さな空間であればあるほど、「楽屋」という作品は捉えどころが異なってくるのだろう。

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    2016/05/05 11:45

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