満足度★★★★
静かで孤独な恋物語
『波の音は、わたしがまだ母のおなかの中にいた頃に聞いていた音に、よく似ているらしい。それは、青い海水ではなく、赤い血液の流れる音なのだという。北の国の母であれば北の海の波のような、南の国の母であれば南の海の波のような、そんな音を子守唄にして、命は育つのだろうか。私は、母がその頃、この星のどの海のそばにいたのかを知らない。知らないけれど、わたしもそこに居たのだ。
浜辺で目を閉じる。大人になった私には、波の音は、ただいまと、おかえりを繰り返しているように聞こえる。
ただいま、おかえり、ただいま、おかえり。
いつかその音が、途切れるとき、私は何を聞くのだろう。』
上記は、作者が書いたパンフレットに載っていた『あらすじ』である。登場人物の誰が喋っているのか、この文章だけでは分からなかったものの芝居を見終えて初めて、この話し手は「美雪」であると理解できた。美雪が家族と共に生まれ育った家の傍には海があり、母・典子が思いを寄せていた黒木との関係も海で始まり、海で終わる。(美雪の家の近くの海が、典子・和彦・黒木の三人が大学時代によく遊んでいた海なのである)
「海」という言葉自体、あまり+なイメージを持つ人は少ないのではないだろうか。勿論、「真夏の海」「ビーチに水着」と娯楽的な要素は外せないが、「海」そのものを捉え直した時に我々が一番始めに直視するのは、他ならぬ海の色である。そう、「青色」だ。(「青」という色からは、「涙」「哀しみ」「冷静」「冷淡」など、やはりマイナスイメージなものを連想することが出来る。)その色からも、「海」というものと「孤独」というものを切り離すことが出来ないのではないか、と私は思う。そんな孤独な海を、「赤い血液」という人間の生への象徴と表現していること、加えて「不倫」という重いテーマすらも爽やかに、「ほんの少し」切なく表現できる作者の筆力に舌を巻かざるを得ない。