満足度★★★★
性同一性障害者を中心に様々な愛の形に悩む人々を好演
知人の役者・奈苗が、初めて普通の女性を演じる舞台ということで観に行った。もっとも、彼女の舞台を観るのは今回が初めてなので、普通じゃない女性を演じた時との比較というのは出来ないんもであるが・・・・(苦笑)
さて、『SEX』とうなかなか過激なタイトルなのだが、これは性行為を意味しているのではなく、性別ということ。それは、この舞台の中心にいるのが性同一性障害の女性が、結婚をすれば自分が男から女になれるのではないかと結婚をし、頭ではわかっているものの感情的に女になりきれずに悩むということにあるから付けられたのだ。
しかし、この舞台となっている長瀬貴子が切り盛りする銭湯には、弟の嫁であるこの性同一性障害の麗美だけではなく、同性愛に対する周囲の目に悩むレズ関係の客や、父親をホームレスにし結局死なせてしまったという負い目から無料で入浴させているホームレス男性久我など、周囲から観ると厄介な客で溢れている。しかし、その厄介という見方が問題で、もっと本人を人間らしく観てあげられないのかという問題が一方に有り、理解しているように言うこと・接することが本心からなのか偽善からなのかという問題も付きまとってくる。それを明確に口に出し、舞台後半では何となく悪者的な存在になってしまう貴子の従姉弟・聖也の「人は上でな動かない」「口に出している時分はまだマシで、厄介かのは口に出さずに偏見の目で観ている人たちだ」というセリフは、なかなか現実を鋭く捉え突いているといえるだろう。
今年は、マイナンバー制度や、各地で同性婚許容の条例化などが問題となっており、まさにタイムリーな内容の舞台である。扱う内容が深くかつデリケートな問題であるのだが、時折笑いを誘う演技を交えてそれを上手く中和しつつ、肝心な場面では的確なセリフと演技で観客を泣かせ90分の作品に仕上げた脚本・演出の谷碧仁の努力には拍手を贈るとともに、熱演した役者たちにも賛辞を贈りたい。
最後に、自分の嫁が性同一性障害と知っても愛し別れないと抱きしめた夫の明人がポツリと「でも、ちょっぴり嘘をつきました」と漏らす本音と、舞台に涙したした観客たちが部外者でなくこうした問題の当事者になった時涙を流せるのかなぁという思いを抱いて、劇場を後にした自分。自分の周りには、実はこうした障害を持った人や同性愛者が少なからずいて交流を持っており、観客の涙がただ偽善でないことを祈るばかりだ。
役者についてみると、舞台全体のまとめ役的な存在の長瀬貴子役の奈苗と、性同一性障害者の悩みを好演した長瀬麗美役の森田このみが秀逸の出来。思ってことをズバズバ言う小澤聖也役・倉富尚人、母子家庭でレズであることを母親に打ち明ける事に悩む北村直美役・永井李奈もなかなかの演技を魅せてくれた。長瀬麗美の夫役で長瀬明人役・小川北人は、受け入れるまでの悩みをもう少し演技で見せて欲しかったが、これは役者の問題ではなく脚本の問題と言えそうだ。
この公演、Aチーム、Bチームの完全ダブルキャストで、チームが変わると舞台から受ける印象もかなり変わるらしい。自分の観たのはBチーム。時間があれば、両チームの比較という見方も面白いだろう。