『いとしの儚-100DaysLove-』 公演情報 劇団扉座「『いとしの儚-100DaysLove-』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    惚れられて惚れあう2人
    もともと「長谷雄草子-はせをざうし-」を下敷きにしてたと思う。
    15年ぶりに劇団に戻り、改定してる部分もあったけど愛の形が夫婦愛、同性愛、多様な愛情表現と外連味あるスーパー歌舞伎場面も盛り込まれた王道の舞台。
    映像の活躍も良いが、舞台で見る山中さんはやっぱ華があるのである。
    約2時間弱。

    ネタバレBOX

    舞台構造は前作の「ナオトラ」舞台と同じだったけど、それらを生かした舞台美術や鳴り物、個を活かす笑わせ方に、ああ、扉座だ、と嬉しくなったり。

    鈴次郎が想像し鬼が造った屍体の寄せ集めで生を受けた儚。生まれたてなのでもちろん新生児。1日事に成長し100日後には人間になるが、禁を破れば水になって消えてしまうと鬼に告げられ、その間の面倒をみる事になる鈴次郎。身体は大人なのに言動が幼稚、花や鳥の名を尋ねれば卑猥な言葉でいい加減に返答する鈴次郎に対し、それを面白いと喜ぶ儚、確かに幼児はこんな感じだねとあるある納得。そんな2人とものぐさ坊主が出会って訳あって博打勝負することになり、坊主勝利。まさに坊主丸儲け。そのまま寺に預けられ、人並みの教育を施される。その成長場面は端折っているがちゃんとした精神が伴った常識人に成長する。
    鈴次郎と坊主と三木松の三人のやりとりは面白いのだが、初演時の15年前とは男性間の恋愛認識もかなり変化していると思うが、以前はかなり滑稽に意識していた事も、「あ、そうだったね」と今回はさらっと受け止められたのは自分も歳をとったという事かな。

    ハッピーエンドでもないがバッドエンドでもなく、陰鬱な話なんだけど、いろんなものが浄化されて終わる幕切れに泣きの鳥肌が立つ。花になって消えていった儚と、死して鬼になる鈴次郎。彼はこれから死んだ人間に自分の過去を語り、その度に儚を失い続けるんだろう。それがまたお伽話ぽくてよかった。
    杉田版「HAKANA」の、ホリ氏の人形遣いが印象に残っていたので今回はどうかな?と想像していたが、今回の結城座賽子姫も衣装から博打女神が扉座の世界観にマッチして面白かった。

    メグミさんの儚が成長した姿で、和服の姿勢と普段着こなしてない裾さばきが気になってしまったが、童女期のアホアホさ加減はさすがバラエティ経験者だなと感じた。

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    2015/11/06 07:35

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