ミュージカル『パッション』 公演情報 新国立劇場「ミュージカル『パッション』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    なぜその人を愛してしまうのか
    それは、他人にはわからないものである。
    さらに本人もわからないのでせはないか。
    この作品では、それがじっくりとねっとりと描かれていた。

    ネタバレBOX

    情熱的な愛を歌い上げるミュージカルかと思っていたら、かなり違っていた。

    愛し合う美男美女(の設定だと思う・笑)。
    しかし、ジョルジオが国境守備隊への転属することで、それが引き離されてしまう。
    守備隊で出会うのは、上官の従姉妹で病弱の女性・フォスカ。
    ジョルジオは、病弱な彼女に憐れみをかけることで、彼女から惚れらてしまう。
    ジョルジオは、恋人がいるため彼女の愛を受け入れることはしない。
    しかし、フォスカはジョルジオにストーカー的とも言える一方的な愛を注ぐ。
    さらに、ジョルジオには、先の短い彼女に対して会ってほしいと、軍医からのプレッシャーもかかる。
    しかし、ジョルジオが残してきた彼女・クララは人妻であった。
    したがって、ジョルジオはどちらに転んでもいい結末を迎えることができない予感がする。

    そんなストーリー。

    ジョルジオが国境守備隊へ転属して以降、守備隊の食堂には女性(クララ)の悲鳴が響く。
    観客としてはとても不安になる。
    この時点では何が起こっているのかわからない。

    その悲鳴の女性、フォスカが舞台に登場するのだが、これでもか! というぐらいに暗い。
    舞台の雰囲気を一気に暗闇に落とし込むようだ。

    観客の多くは主人公・ジョルジオの気持ちで舞台を観ているだろう。
    そうすると、フォスカの愛情はとにかく恐く感じる。
    「早くきっぱりと断ればいいのに」と誰もが思ったことだろう。

    もちろん、ジョルジオも断るのだが、上司の従姉妹であり、彼女が命が短く病弱ということもあって、彼は完全に振り切ることができない。
    ジョルジオが休暇をとって列車に乗っていると、フォスカもやってくるシーンなんて、恐すぎるし、倒れた彼女を置いていくことができないのも理解できなくはない。
    まさにがんじがらめのジョルジオはどうなるのだろうか、と思っていた。

    一方、ジョルジオとクララとの関係もなんとなく危うくなってくる。
    中盤で明らかになるジョルジオとクララの関係には、驚いた。
    冒頭の2人のラブシーンが皮肉めいて見えてくる。

    不倫関係であって、クララは子どもと別れたくないという気持ちがあるから、もともと無理のある関係だったのが、ジョルジオと物理的な距離を置くことで、さらにそれがジョルジオにとってもあからさまになってしまったのだ。

    互いに都合の良いときだけに逢瀬を重ねていたときには気が付かなかったということだ。
    「目の前に恋の相手がいるときには相手は見えていない」ということなのだろう。

    「(夫と)別れてくれ」と懇願するジョルジオに対しての、クララの回答はジョルジオからすれば、「この女もか」と思ったのではないか。
    ストーカーのフォスカと同じで「自分のことしか考えてない」、つまり「女ってヤツは!」と。

    ここで、ジョルジオはクララとの関係についてようやく“目が醒め”、“現実を見ることができた”のではないだろうか。
    こうなると、あんなに鬱陶しかったフォスカとの関係も改めて別の角度から見ることができたのではないか。
    ただ、ここの彼の気持ちの変化には正直共感できない。

    好きでもなく、逆に疎ましいと思っていた女性からの愛情を受け入れようと思える瞬間はあるのだろうか。
    “気に掛かっていた”相手が急にクローズアップされることはあったとしても、こんなにイヤな思いをしていた相手に対して。

    なので、フォスカの従兄弟の上司が、勘違いによりジョルジオに激怒するときの、ジョルジオの態度はどこかやけっぱちというか、投げやりな感じに見えてしまった。
    「もう、どうでもいい」と。

    にしても、ジョルジオって「恋愛のことしかないのか?」とつい思ってしまった。もちろんそれがテーマなのだから仕方はないのだが。
    それが彼の世界の大半を占めているように見えた。イタリア人の男だからか、というのは偏見か(笑)。

    恋愛というものは、錯覚や思い込み、幻想、理想などが複雑に絡み合ったものである。
    そして、“なぜその人を愛してしまうのか”は、他人には理解できないものであり、本人もわからないのだ。
    この作品では、それが描かれていたのではないかと思ったのだ。
    結局本人にしかわからないものだ。
    それは「恋愛の相手にもわからない」のでもある。

    この内容はどちらかと言えば、ストレートプレイの舞台として、じっくり台詞と演技を楽しむもののほうがよかったのではないかと思った。
    ミュージカルって、たいてい観劇後にはテーマ曲など印象的な曲が頭の中に鳴っていることが多いのだが、この作品にはそれがなかった。シーンとしての印象のほうが強かった。

    舞台セットはシンプル。
    主なキャストの、井上芳雄さん(ジョルジオ)、和音美桜さん(クララ)、シルビア・グラブさん(フォスカ)の3人がとても良かった。

    井上芳雄さんは、優男で折れやすそうな感じのイケメン風が、和音美桜さんはジョルジオに愛を注ぐ恋人から人妻の顔の変化が、そしてシルビア・グラブさんはとにかく暗いのだが、半ば強引であるところや、彼女がジョルジオに対する想いを手紙を書かせるということで表現した歌が、あまりにも強く溢れ出し、それが激しい愛情表現であり、裏返せば“(ジョルジオにとっての)恐怖”でもあることが伝わってきたところなどが良かったのだ。

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    2015/11/03 07:55

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