満足度★★★★
哲学についての考察
ヴィトゲンシュタインと言えばこれというテーゼ=「語り得ぬものについて人は沈黙せねばならない」の含蓄は、あらゆる事柄について何らかの形で「語り得る」と、普段考えている理性の土台を揺るがす所にある。
沈黙はしなくたっていいだろう、折角言葉があるのだから・・。黙るか喋るかは人の性格や個性の問題だ。・・そう思いたくなる。
これを、不可知の領域を知り、潔く認める事の尊さについての言葉だと解釈してみる。・・人間は知る事のできない領域がある、現に今、自分にとって知らない事がある、その事実を「希望的観測」による根拠なき言説で置き換える不遜さは、例えば、放射能の被害について「無害」に寄った説を唱える学者に、見る事ができるだろう。確かに言いたくなる、「確証の無いことについて適当な事を言うな」と。
さて舞台は、第一次大戦中の前線部隊の生き残り5人(ヴィトゲンシュタインを含む)のお話。実験的な戯曲だ。彼の哲学の定理が生み出された源泉は前線での体験にあった、というのが史実かどうかを知らないが、最後は撤退を余儀なくされる前線の行き詰まった局面でのやりとりに、特異な視点を持つ彼は反論したり介入する中で「言葉」に関する発見をする。彼自身のドラマの軸は同性愛の相手との空間を超えた対話にあるが、彼の分かりづらい哲学の着想と、前線での体験に結び付ける試みは、果たして成功したかどうか。
私はこれでヴィトゲンシュタインという人間が見えた(彼の哲学の言葉と相まって)、とは思えなかった。面白い試みであったし、ドラマとして面白く見れたが、ヴィト君をもっと知りたいかも、という思いを残したまま芝居は終わった。
彼を「ホモ」と侮蔑する男の発言を際立たせる事で話を盛り上げていた感が強し。また、ある命の危険のある役割を選ぶのに、ベテラン隊員が自ら腕に覚えがあって志願したのに対し、隊長は自分が作ったくじを引かせる事にこだわり、最後まで譲らない、この奇行の理由もよく分からぬままだ。
「語り得ぬもの」という言葉の響きの深淵さと、彼の[発見」の際の台詞のトーンが、いまいちそぐわない、というのが正直な感想だった。