どんとゆけ 公演情報 渡辺源四郎商店「どんとゆけ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    娯楽の責任?
    非常によく考えられて、効果が緻密に計算された脚本、美術。
    しっかりと、安定した演技。

    笑いながら、じっくり、重いテーマに向き合うことができる、希有なお芝居に、嬉しくなる。こんな芝居を観たかった!

    ネタバレBOX

    裁判員制度が、もうすぐ、はじまる。人を裁くことの責任が、ますますみえにくくなる。でも、それは、国だけの責任ではないと思う。僕ら、国民も、常に、あらゆる責任から無関係でいようとしていて、それが、まわりまわって、国の責任放棄を招いているのだろう。

    「死刑」は、一応、国民国家の、一番大切な主権のひとつである。人を、合法的に殺す権利は、近代法のうえでは、国家にしかないのだ。でも、その権利にともなう責任を、国民が引き受けなければならないとしたら。

    さて、『どんとゆけ』(Don't you kill は、津軽弁でこう聞こえるとのこと)の日本では、これがさらにエスカレートして、犯罪被害者や遺族が、犯罪者の絞首刑を、実際に行うことができるという、「死刑執行員制度」というものが存在する。

    「ロープはどうなさいますか」
    「持ってきました」
    「おそれいります」

    淡々と、被害者の妻と、義父は、作業を進める。ロープは、亡くなった義母が、一針一針縫ったもの。だが、この被害者の若い妻と、彼女の将来を案じる義父との間には、犯人を殺すことに対して温度差があって、それが、物語を牽引していく。

    死刑とは、なにか。前法務大臣の、死刑執行のサインに対する批判をめぐる問題は記憶に新しい。ひとを殺すことの責任について、ゆっくり、じっくり、僕ら観客に考えさせる。笑いも織り交ぜられて、負担に、ならない。観るものの視点を中心に作られた、非常にすぐれた舞台だった。

    けれども、非常にレベルの高いものだっただけに、残念に思った点がある。この舞台は、問題提起と、娯楽とを、高いレベルで両立させて、その緊張感で、物語を進めていたが、最後に、大きく、娯楽の側に傾く様相を見せるのだ。いってみれば、娯楽としての責任を果たそうとしているかにみえる。

    物語には、最後に二つ、オチのような結末が用意されている。

    まず、獄中の死刑囚と結婚して、死刑執行の場所となる民家を提供した、死刑囚の妻。彼女は、最後に、死刑囚との結婚を繰り返し、死刑執行を行うことを楽しみとしていることを告白する。

    もうひとつは、被害者の妻の、現在の恋人が、「こんなことしちゃいけない」と、乗り込んでくるというもの。

    それまで、舞台は、特に被害者の妻と、義父の、気持ちのぶれを中心に描いていた。二人は、この葛藤に、どう決着をつけるのか、観客の関心は、まっすぐに、そこに向けられていた。

    それが、最後、突然、角度をカクッと曲げられてしまった。エンターテインメントとしては、これで良かったのかもしれない。しかし、それまで、問題を、舞台を通してじっくりと考察していた思考の緊張感は、オチがついた瞬間に、急速にゆるんでしまった。

    舞台は、結局、死刑の執行で終わる。被害者の妻は、乱入してきた恋人を拒絶して、なし崩し的に(ここは、詳しく描かれない)、死刑を行うという責任を引き受ける。彼女の、決意の瞬間は、はぐらかされて、描かれない。これは、脚本が、問題を、娯楽にすりかえる、ある種の責任逃れとして、僕には、映ってしまった。

    それでも、ここまで、「責任」という問題と正面から取り組む舞台は、日本では稀だと思う。最後、妙にすっきりと終わってしまったのは残念だったが、それは、葛藤を続けるという文化のない、日本の演劇の限界でもあるのかもしれない。

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    2008/10/19 15:11

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