満足度★★★★★
「軋み」
今日が千穐楽のこの舞台、これから見に行かれる方もいると思うので、いつものように舞台の詳しい内容は記さず、ざっくとしたストーリーと舞台を観た感想のみを記します。<br><br> 夫は働かないダメダメなニート、妻は人気少女漫画家。そのダメダメな夫と目をかけていた可愛くて、仕事の出来るアシスタントのひとみの浮気を知り、言い争う内に殺してしまった妻。漫画のドラマ化も決まり、映画化の話もあるのに、さあどうするか!
これだけ読むと、2時間ドラマによくある筋書きっぽいが、さにあらず。この舞台はひと味もふた味も違います。ここから、不思議で怒濤の展開が、マンションの一室のみの舞台の上で展開される。
鎌倉太郎さん演じる夫が、入って来た途端に、典型的な働かないダメダメなニート夫で、最初は自分が妻を励まし自信を持たせていたのに、妻が力をつけ売れっ子になるに従い、自覚はないにしてもどこか夫に対し上に立ったような態度や物言いをするようになった妻に、寂しさと引け目を感じる内に無気力になり、それも通り越し働かなくても生きて行ける状態に慣れきりつつも、心の片隅で抱え続けているやりきれなさを理由に、ふらふらと妻のアシスタントひとみと浮気する夫なんだろうなと一瞬にして感じさせた。
そこにいるのは、ダメダメなニート夫潤その人であった。
武藤令子さんは、担当編集者と結託して、漫画を描く為、原作漫画がドラマ化や映画化になる大事な時期だからと、夫を犯人として自首させようとする冒頭は、身勝手で嫌な女に見えていたのに、舞台が進むにつれ、「ああ、この人は売れない頃を支えてくれた夫を、実はずっと愛してるんだ」と解ってくる。
舞台、冒頭から要所要所で響く、ギリギリと軋む音。それは、妻の由美子にしか聞こえない、自身の心の張りつめた弦が軋む音。その軋みに耐えられなくなり、張りつめた弦が切れた時の由美子の選択と、姿が潔くてカッコイイ。
編集者を演じた三橋潔さんと、由美子のアシスタントを演じた、芹口康孝さんは、ドラマで見たことがある俳優さん。
編集者とアシスタント、ふたりの由美子に対する思いは、微妙に違うのだが、由美子の漫画を好きで、由美子の才能と由美子を大事に思っているのが伝わって来る。
一方、山田昌さんのひとみの元恋人でストーカーと化している仁科は、一番ひとみを理解して、大事に思っているのが伝わって来て、傍迷惑で滑稽なのに憎めない。
そして、最後に蓮根わたるさん。「基本カメレオン役者なので、「積む教室」とのギャップで、いい意味で裏切りたいと思います。」と仰っていた蓮根さん。
蓮根さんは、ブロ友の今西哲也さんの主演舞台、「積む教室」の校長先生をされているのを観て、「この役者さん好きだな、もっとこの人の舞台を観てみたい」と思った役者さんです。
蓮根さんは、 一人で三役演じられたのですが、出て来る度に印象も、雰囲気も、醸し出す色合いも全く違って、カメレオンのように別人になっているのが、すごい!
冒頭、プロという役で出て来ます。(何のプロかは、是非舞台を観て下さい)淡々としているのが、反ってじわじわとした不気味さと怖さを感じさせ、あみちゃんでは抱腹絶倒、私はこのあみちゃん、ツボにはまってしまい、頭をふと過る度に笑いが込み上げてきて、時々怪しい人になりつつ帰路についた程です。
その後の宅配便の配達員も、また、表情から何から全く変わり、しかも、蓮根さんが出て来る度に、舞台の空気がふわりと動いて、一瞬変わるのに、舞台を壊すことなく、邪魔をしない、それなのにピリッと小気味良いアクセントになるのが、本当に素晴らしかった。<br><br> 終演後、蓮根さんとゆっくりお話し出来て、とても嬉しかったです
普通にしたら、シリアスで重いだけの舞台になってしまう内容が、ピリッとスパイスは効いていて、苦味もちゃんとあり、見終わって反芻しているうちに、じわじわとこういうことだったのかと解ること、感じることもあるのだが、観ている間は軽妙な面白さもあって、マンションの一室で起こる人生のビターな喜劇をマジックミラー越しに、目撃しているような感覚になった、最高に面白い舞台でした。
文:麻美 雪