丘の上、ただひとつの家(全公演終了・ご来場ありがとうございました) 公演情報 鵺的(ぬえてき)「丘の上、ただひとつの家(全公演終了・ご来場ありがとうございました)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    毒気を抜かれる
    主人公の視点から家族の関係が明らかになっていくその歩みにぐいぐい惹きこまれ、行き場のなさや鈍色の痛みにも浸潤されつつ、その先に訪れるものに一気に持って行かれました。

    母親、凄かったなぁ。唖然とし、苛立ちもし、でもそれを全否定できない感覚に心を奪われました。

    ネタバレBOX

    父が残した手紙に従って指輪を渡すためにその家の長女が母を探す前半、彼女の夫、妹の存在、依頼をした弁護士によって示された異父姉弟、長女が突然家を出ていった母親に向かっていく中での、複雑な家族関係がそれぞれの想いと共に少しずつ解けていく歩みに、次第に嵌りこむように捉われていきます。

    作劇の企てが随所に冴え、その一歩ずつに、登場人物たちから訪れる温度や頑なさの質感の異なりがあり、丸められることなく、徒に観る側を惑わせることなく、解けるものとその内に隠されたものが刹那ごとに移ろい、観る側に置かれていきます。その展開をもどかしくも感じ、晒されていくものに息を呑みつつ、舞台は広がり、閉塞し、さらに剥がれて、やがて母を探す姉妹と母を隠そうとする姉弟の闇との想いの重なりに姿を変えていきます。

    作り手の女性弁護士のロールの設定も、担った役者のお芝居も実にしたたかなのですよ。冒頭から物語を組み上げ、その移ろいに緩急をつけ、舞台に晒すものと隠すものを切り分けていきます。テレビドラマのようなシーンがあったりもするのですが、それがゾクっとくるようなかっこよさを醸してもあざとさにならず、物語のトーンを変えることなく厚みを作り新たな展開を導いていきます。しかも、単なる狂言回しとして物語を支えるだけではなく、終盤には自らも抱くものを切り出し、キャラクターに血を通わせて、その存在を場の色から乖離させないのです。
    彼女によって、登場人物たちそれぞれの立ち位置や想いが混濁することなく観る側に置かれ、晒され、そのコアにある母親へと観る側を引きよせていきます。そして、舞台上に母親のピースが差し入れられる。

    その母親のお芝居が、もう様々に圧倒的でした。最初、声だけが聞こえてくる演出も上手くて、その段階で二組の家族がそれぞれに捉われた想いに対してこれは駄目かもという予感を感じさせる。しかも予想すら凌駕する彼女の風貌や態度や言葉が、キャラクターそれぞれの救いや癒しを願う観る側の微かな期待さえもしっかりと打ちのめしていきます。自己中心の権化というか、場の空気を読まないし、自分を正当化するし、他の想いを感じることができないし、理解しようとすらしない。挙句の果てには自らの行いを棚に上げて、子供たちにアドバイスすら始めることに呆然。そのありように、苛立ちとか怒りを感じたりしなかったわけではないのですが、なんだろ「毒気を抜かれる」というのはこういうことを言うのでしょうね、なにか彼女を変えることはできないという確信や諦観にそれらは埋もれてしまい、それまでに物語から受け取ったもののやり場を失ったような気持で、母親とその子供たちを、冷静に見つめてしまう。

    ずいぶんと酷い話だと思う。でも、その母親を観て、語ることを聴、もうどうしようもないと思うのです。それは、子供たちが捨てられたことも、近親で関係することも、その子がネグレクトされたことにしても、すべては母のモラルハザードからのことかもしれない。、でも、よしんばそうであっても、それを抱きつづけなければならくても、恨み続けても、子供たちは生きていかなければならない。役者には、この母親を通じて観客にそう思わせるだけの力がありました。

    母親は冒頭の長女に子供だけは産めという。一人の母親を持つ二組の家族は、次に会うのは母親の葬式の時かもしれないという。でも、それは、二組の家族がとりあえずはそこから歩み出したことにも思われて。

    その家族たちや彼らの周りの人物も、キャラクターを自分の肌のようにまとい、演技にしっかりとした密度や想いの遷移の確かさがあってがっつりと心を捉われたけれど、ずいぶんとタフでビターな話ではあるけれど、閉塞や絶望に居場所を作らなかったこの物語の結末に、作り手の新たな境地を観た思いがしたことでした。

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    2015/02/15 22:36

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