満足度★★★★
親友に励まされているような気にさせる演劇
観終わった直後、まるで親友に励まされているかのような
勇気が沸いてきた。
ここで言う親友とは、いつも一緒に遊んだり、馬鹿話を
したりするだけの間柄ではない。仲間の
ためを思い、時には耳が痛くなるような苦言を言ってくれる友、
周囲のほとんどが敵だとしても身方になってくれる友の事だ。
思い描いた通りの人生を送る事ができる人間なんて
ほんの僅かだ。大半の人間が、精一杯努力をしても
夢叶わず、目標とは別の人生を歩まざるを得ない。
そんな情けない今の自分を、後悔が残る過去の人生を、
親友が肯定してくれ励ましてくれているかのような
温かさをこの舞台から感じた。
この物語の登場人物達は全て、いい歳をした大人で
ある。それでいて、みんな人生を相当こじらせている。
主人公はキタガワ(杉浦一輝)とトモちゃん(津村知与支)。
最近コーチングのインストラクターを辞め
無職の引き篭もりになったキタガワ。幼い時から小説家になる夢を
抱きながら、堕落した毎日を送り一向にまともな作品が
書けないトモちゃん。2人は幼馴染の腐れ縁。
ある日、キタガワのもとに差出人不明の1通の手紙が届く。
そこにはただ「お前を誘拐した」とだけ書かれてあった。
全く何の事だか分からない彼。
この手紙が届いてから、彼の周りに怪しい人物達が
現れる。宇宙の全能の神と交信できるという
チャネラーのドロンジョ(七味まゆ味)とその部下の
ボヤッキー(小沢道成)、日本に革命を起こすという大それた
計画を持っているがやる事全てが頓珍漢な
デスラー総統(渡辺芳博)とその部下(塚本翔大)、
成り上がりを目指す正体不明のビジネスマン・柄谷
(三上陽永)とその部下のワンダ(木村美月)。
全員、人生もつれにもつれている。
彼らは私利私欲のため、キタガワがインストラクター
時代に偶然発見した、麻薬のように人間を奮い立たせる言葉を
狙っていた。トモちゃんもその言葉に関わりが
あるらしい。
キタガワから誘拐の捜査願いを受けた警視庁の
刑事・ナミキ(小野川晶)とその部下・茜雲
(森田ひかり)も一筋縄ではいかない人間だった。
面白いと思ったのは、脇役4組全てが、人生がこんがらがり
過ぎた上司が強烈なボケ役となり、その部下がツッコミ役と
なっている点だ。それは
あたかも症状が悪化し超重病患者と化した上司を、
重病の部下が不器用にも介抱しているかのようにも見える。
茜雲は時よりボケ役にもなっているが。
各々のやりとりが凄く笑える。
主人公2人といえば、当初は
キタガワがボケ役かな?と思ったのだが、
どっこい徐々にトモちゃんにも問題が表れ始める。
2人ともボケ役でかつツッコミ役。
5組それぞれのやりとりに愛を感じずにはいられなかった。
ドロンジョ、デスラー、柄谷らによる言葉の争奪戦と
そこに巻き込まれ困惑する主人公2人とに
大笑いしつつ、その言葉が生まれるきっかけとなった
2人の過去に話は遡っていく。
その言葉は、2人の友情や嫉妬、夢や絶望、喜びや
悲しみ等、様々な感情が入り混じり誕生した言葉だった。
その言葉が生み出された過程や、そこに込められた
強烈なエネルギーと叶わなかった夢への労わりに、
拙者は親友に励まされているかのような勇気を感じた。
この感情を他の大勢の観客も味わったに違いない。
果たしてその言葉とは何なのか?
2人とその言葉にまつわる過去とは?
誘拐の目的とは?
この舞台、24年ぶりの再演だという。もちろん
今の時代に対応するように書き直されている。
24年前に初演を観たという深作健太氏が今回の演出家だ。
当時高校生だった彼は自信が持てず、自分が存在する
境遇や環境に「今ここにいていいのだろうか?」と
不安を抱いていたのだそうだ。この舞台を見て彼は胸に
熱いものを感じたという。
四半世紀の時を経て、昔感じた熱い思いで、当時の自分と同じ
憂いを持った現代人に光の差す方向を提示したいと
今回の再演を決意した。
彼の熱意は、深作氏と同年代やそれ以上の人達はもちろん、
初演上演後に生まれた若い人達まで、様々な観客の心を激しく
揺さぶったと確信する。
「BE HERE NOW」直訳すれば「いま、ここにいる事」。
今、劇場でこの作品を観た多くの観客が、24年前に深作氏が
体験したような熱いものを感じ、ここにいる事を感謝したに違いない。
それは時を越え、この先何年経とうとも、観る者の心の中に
残り続け、またいつの日か再び観劇したいと思うだろう。
まるで、かけがえのない親友がいつまでも心の中で生き続けるかの
ように。
名作の余韻に浸りながら、過去を現在をそして未来を
肯定しながら熱く強く生きていこうと思ったのは
拙者だけではあるまい。