スズナリで、中野の処女がイクッ 公演情報 月刊「根本宗子」「スズナリで、中野の処女がイクッ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    ねもしゅう、下北沢で正義を叫ぶってよ
     「私が絶対正しいのよ!」「明らかにお前らが間違ってる」と
    心の中で叫びつつも、つい周囲の「空気」に押され、
    自分の気持ちを曲げて作り笑顔で皆に従う。空気を乱さないため、
    皆との調和を保つため、「いや私の方こそ間違ってるかも」
    「俺のワガママかな」と自分を騙す事で、いつしか
    その嘘を受け入れてしまう。この感覚、身に覚えのある人は
    多いはずだ。
     
    この物語の主人公・じゅん(根本宗子)もそのような人間の一人。
    自らの意見をグッと飲み込んで笑顔で周りとの調和を図る事、
    それが彼女の正義なのだ。
    観客に「身近にいる」又は「私そのもの」と思わせる存在の彼女。
    物語が進んでいく中で明らかになる不幸な過去が
    このような性格ならしめたと考えると益々感情移入したくなる。

    22歳の彼女が勤めるメイド喫茶の更衣室(事務室と休憩室も
    兼ねている)がこの物語の舞台だ。
    可愛らしい衣装の数々と愛くるしい
    ぬいぐるみたちが彩るいかにも女性が集まる部屋らしい
    見た目の華やかさとは裏腹に、ストーリーは笑いを交えつつも、
    人間関係のドロドロとした薄汚い側面を描き出していく。

    じゅん以外の登場人物は6名。
    常に金欠気味、苦労人で責任感が
    強い27歳のメイド長・もなか(大竹沙絵子)。
    天真爛漫、建前が嫌いで思ったことはズバズバ言う
    19歳のイブ(尾崎桃子)。
    笑顔が可愛い人気NO1メイドの23歳のまゆり(あやか)。
    自称約35歳、中途半端なお節介をしたがる
    事務員の福田(梨木智香)。
    関西弁でギャグを飛ばす男オーナーの横瀬(野田慈伸)
    見るからにオタク、まゆり推しの常連客・ドミニク(市川大貴)。
    出てくる登場人物たち全員が、等身大だから
    親近感が沸くと同時に、現実で味わう「良い人そうで美人・
    イケメンだけど、個性が強くて関わるとちょっとうざいかも」
    という感じも合わせ持っている。
    この個性的な面々の意見対立を解消し、面倒を見て、
    必死に皆の調和を図ろうとするじゅんのけな気な姿は
    同情を誘う。
     
    物語の前半は、脚本家+演出家・根本宗子の他の追随を許さない
    最大の武器とも言える、「こんな会話よく聞く」「私達の会話
    そっくり」と観客の誰しもが太鼓判を押したくなる
    リアリティ満載の女子トークと、登場人物たちの噛みあわないが
    ゆえに笑いを誘うやりとりに、テンポよく話が進む。
    ところが、ある日更衣室内でじゅんの財布が消えてしまう。
    疑心暗鬼になる彼女たち。彼女たちのやりとりに凄くリアリティが
    あるだけに、観る者も切迫感を感じずにはいられない。
    「自らの不注意で落としたのかも」と
    険悪な雰囲気を何とか解消しようと努めるじゅんの
    思いも虚しく、事態は更に悪化。各々が普段溜め込んできた
    トゲトゲしたどす黒い本音をぶつけ合うようになる。
    真相が判明した後の展開は、どんでん返しにつぐどんでん返しの
    連続。悪があたかも正義になり、正義があたかも悪になる。
    「悲しい事は塗り替えられていく」という台詞が出てくるが、
    まさに悪が、正義が、取り替えられる衣服のように
    次々と変わっていく。
    この予期せぬ変遷も誰かが予め意図したものでは!?と思えて
    きて恐怖を感じる。
    この展開に観客は息もできないほど彼女たちに目が釘付けになる。
    ついに、あの大人しかったじゅんの感情が爆発する。

     今回のお芝居は再演である。前回、根本氏はまゆり役だった。
    今回じゅんをやるにあたって「たまには主人公も良いかな」と
    思って配役したそうだが、拙者は他にも理由が
    あるように感じた。それは、根本氏の性格がじゅんに一番近い
    からではないかと。根本氏の分身がじゅんだと考えると、
    本人が演じた方が説得力が増す。
     根本氏はチラシの中で「私の正義とみんなの正義は違う」
    「その場に溶け込むのが日常生活で一番難しい」と語っている。
    「波風立てずに周囲にあわせ同化する事」が正義と考える根本氏が、
    その正義を果たそうとしても、周りにその胸中を全くくんで
    もらえず苦労した経験があるからこそ、このお芝居は作られた
    のだろうと想像する。
     だから、感情が爆発した後の自らの感情の赴くままに
    行動するじゅんの姿を見た観客は爽快感を感じたり、
    心を激しく揺さぶられたりするのだ。
    正義とは衝動だ。自分を認めてもらいたい、自分が正しいと
    証明したい、自分の欲望を叶えたい等の衝動。だが、その衝動の
    ほとんどは他人に問答無用で押し潰される。ならば
    我慢せず、衝動に身を任せ、中央突破する熱情や爽快感。
    観客含めて誰もできないからこそ、やってのけたじゅんに
    拍手喝采を贈りたくなったり、泣きたくなったりするのだ。

    ここで事件の真相を語らないのは、再々演を期待するが
    ゆえである。今後の劇団「根本宗子」からますます目が
    離せない。

    0

    2014/05/31 04:03

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大